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ヒルダの主張

 小さなヒルダは泣いていた。

 真っ暗闇の中、膝を抱え、泣いていた。


 お母さんが帰ってこない。


 さみしかった。

 怖かった。

 腹が立った。


 心はぐるりと回って、やはりさみしかった。


 小さくて力のないヒルダである。

 一人で泣くしかなかった。

 目がつぶれるほど泣き続けた。



 ある時、泣きじゃくるヒルダの頭に、ポンと温かな感触が乗った。

 びっくりした。

 泣いていたので、目はしょぼしょぼ。

 何も見えない。


 これは、手だ。

 温かな手が頭の上にある。

 誰の手なのか。いや、それを確認するのも何だか怖い。






 ヒルダ






 優しい声がヒルダを呼んだ。

 温かな手がヒルダの頭をなでた。

 ヒルダはとても安心した。








 お父さん







 ヒルダはつぶやいた。

 そう呼ばれた男は苦笑いをしたようだった。






 そうきたか。






 その手は、よけいに優しくヒルダの頭をなでた。

 心地よかった。

 ヒルダの涙は止まった。

 あくびが出た。

 ヒルダは安心して、そのまま眠ることができた。


















「あー、疲れた! ねえねえ、あたし、すごかったろ? しばらく仕事とか無理だからー。ねーキング、聞いてよー。エリザベスがひどいんだよ」

「うむ」


 ヒルダは、無事、王立魔術学院からキングの屋敷に帰ってきた。

 屋敷は戦闘の跡を残し、誰もが忙しく立ち働く状況であった。

 ヒルダは疲れていたので自室に戻り、細かいことは気にせず眠った。




 とてもいい夢を見た気がする。

 ヒルダは翌朝、爽やかに目覚めた。




 侍女頭のエリザベスは、疲労困憊ということで間違いないはずのヒルダに対して、皆同じく疲れているのだからヒルダも働くのだと怖い顔で脅してきた。

 ヒルダは従うふりをしてメイド服に着替えた。そして、隙を見て逃げ出した。やがて、応接間で屋敷の補修等の指示を出すキングを探し出した。


 ヒルダは早速、猫なで声でキングに不満を訴えた。

 キングは適当に受け流した。


「旦那様。失礼いたします」


 どこからともなく現れたエリザベスが、ヒルダの首根っこをガシッとつかんだ。


「素晴らしい逃げ足。元気な証拠ね。ヒルダ、あなたの仕事はこっちです」


 年配の女性にあるまじき力で、エリザベスはヒルダを引きずった。


「いてててて! おい、やめろ、いてえよ! キーンーグー!」


 キングは別の使用人たちへの指示を終えると、今しも扉から引きずり出されようとするヒルダに顔を向けた。


「ヒルダ」

「何!」


 キングの声を受け、エリザベスは足を止めた。

 ここぞとばかりにヒルダは明るい声で応じた。

 キングは何気ない口調で聞いた。




「ヒルダは船に乗るのか?」

「へ?」




 ヒルダは何の事かと首をかしげた。

 そして、やっと思い当たった。



「あー、船。はいはい。乗るわけないじゃん」



 ヒルダはあっさりそう言った。

 キングは片眉を上げた。



「知らない国に行ってみたくないのか?」

「ばっかじゃないの。全然興味ないし。あたしの家はここだろ? せっかく帰ってきたのに、何で帰れないようなとこ行くんだよ」



 ヒルダは、当然の顔をしてそう言った。

 それからハッとして声を大きくした。





「行っちゃダメ! キングもダメ!」





 エリザベスはヒルダの顔が青ざめるのを見た。

 キングはヒルダの突然の剣幕に目を丸くした。

 ヒルダは、エリザベスに首根っこをつかまれたまま、キングにまくしたてた。






「船に乗らないで! あの船は、帰ってこない船だ! ダメダメ! 絶対、ダメ! キングにおかえりなさいを言うのが、あたしの一番の仕事だろ! 言わせてよ! 言わせろよ!」






 キングはぱちぱちとまばたきをした。

 涙目のヒルダが必死の形相でキングを見ていた。

 キングはフッと息を吐き、ヒルダに向けている琥珀色の目を優しく細めた。


 一拍おいて、キングは言った。



「ヒルダ、まずは目の前の仕事をするんだ。エリザベス、少しは手加減してやれ」

「承知しました」

「キーンーグー! おい! こら! てめえ! おい! いってえな!」

「お黙り。誰に向かってものを言っているんです。口のきき方から教え直さないといけません」

「ぎゃー! キーンーグー!」

「行きますよ」

「ぎゃー!」



 応接室の扉が閉じられた。

 先程までの喧騒が嘘のように、応接室は静かになった。




 キングはギルからのもらいものであり、今はすっかり馴染んだ右のてのひらに視線を落とした。





 ややあって、苦笑いをひとつ。





 キングも屋敷の片付けに戻ったのであった。


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