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宵闇の青そして常春の華の行く先

 常春の華本家。

 宵闇の青頭首イセと魔術師スイレン、その身柄を一時預かり休養させていた王立魔術学院のベロニカを連れ、常春の華頭首代理ロキは帰宅した。


 ロキは、待ちかねていた常春の華頭首ガロンに、すぐさま、まことの黒や薄曇りの暗さとの顛末を報告することになった。

 しかし、そこで、彼らは突然の異変に見舞われた。


 常春の華本家に施された魔法防御をものともせず、異変はあっという間にスイレンを連れ去った。

 それは考えられないことであった。

 常春の華の魔術師たちは、あまりにも手の届かない高み、あるいは深みにあるその異変に、畏れおののいた。

 それほどの異常事態であった。



 ベロニカだけは分かっていた。

 ベロニカがそれを理解していることに、ロキはすぐに気がついた。

 ベロニカの様子を見てロキは、その異変がこれ以上の何の悪さもしない、危険のないものであると判断できた。

 それでも異変への畏怖に、ロキの肌はあわ立っていた。

 その腕をさすりながら、ロキは尋ねた。


「ちょっとどういうこと」

「ハシマよ。私もサイゴのツギの塔の禁呪に巻き込まれて、あちらの世界に一度は足を突っ込んだせいね。変な力が開かれてしまった。おかげさまで見えるし、分かる」

「裏通りの古書店のハシマ?」

「そう。あの人、とんでもないモンスターになってた。鬼のすみかを人の顔をして泳いでる」

「んん? ハシマがさっきの異変を?」

「そう」

「何よ、それ。どういうこと? ええっと、スイレンは?」

「ハシマと気が合ったんでしょ。連れていかれた。それとも、ついていったのかしら。お気の毒さま。…ああ、もう、知らない! 知らないわよ! …いえ、また後で説明させて。ねえ、もう今日は休ませて」


 ベロニカは額を押さえてうつむいた。

 ロキは腕をさすり続けながら、ため息をついた。

 ガロンは事情の説明を望んだのだが、ロキが強引に取り仕切り、その場は閉じられた。





 後日、目を覚ましたイセも加え、ガロンへの報告の場がもたれた。ガロンからの報告もあった。

 各々が有する情報が集められ、それぞれが事態を理解した。


「そうか。宵闇の青は終わりだな」


 イセがつぶやいた。

 センターエリア0において、まことの黒の残党の奇襲により宵闇の青の中枢は破壊された。

 宵闇の青をけん引してきたグランドも、サイゴのツギの塔の禁呪に手を出し、散った。

 それを知ったイセの表情は、淡々としたものだった。


「ならば私は、心おきなく船に乗る」


 そうして、誰もが知るその船の話題を最初に出したのは、イセだった。

 ロキが呆れたように言った。


「あんた、そんな簡単に」

「話し合う相手もいない。それに、きっとミカゲも船に乗るだろう」

「それ、確認のしようがないじゃない」

「当日確認する」


 ベロニカは、金茶色の巻き髪を手で払い、肩から背中に流した。

 常春の華本家の客室には、あらゆるアメニティと衣装がそろっていた。それらを駆使して、ベロニカは疲れを見せぬ装いをして見せていた。目の下のくまを隠そうとして、化粧は少し濃くなってしまった。

 いまだ何かが張りつめていた。そのせいか、ベロニカにはイセのごくわずかな手の震えまでも見えていた。


 薄曇りの暗さを身に宿したイセは、消耗状態だ。常春の華の手厚い回復魔術によって、一時的に平常を保っているにすぎない。

 何もかも消化しきれないまま、イセは保留にしているのだ。手に余ることだとイセには分かっている。

 イセの水色の瞳は、淡々として見えて、その裏に凍りつかせたさまざまな感情を閉じ込めている。


 ベロニカは、ソファの隣に座るイセの膝の手に、自分の手を重ねた。

 イセがベロニカを見た。

 ベロニカは力強く頷いて言った。




「そうよ、イセ。決めたなら行きなさい。船に乗りなさい」




 イセの目がわずかに見開かれた。

 ベロニカは小さく笑ってみせた。

 イセの目の奥に瞬くような輝きが見えた。


 ベロニカはイセを預かり、保護していた。

 イセを立ち直らせるのだと、宵闇の青に約束した。


 帰る場所もない、何もかもを失ったイセがただ一つ目指せるところ。

 船に乗る、と自らの意思をもって言っている。

 ならば、その背を押す以外、ベロニカにすることはない。


 ベロニカは、自信に満ちあふれた完璧な笑顔で、イセの選択を後押しした。


「船は、乗船の意思ある者を乗せると言っている。イセ、そうなのね」

「ああ。私は行く。決めたのだ」


 イセは目に力を込めて、ベロニカを見つめ返した。





 それまで二人を見ていたロキがおもむろに口を開いた。


「あたしも船に乗ろうかしら」

「何を言っておるか!」


 即座に反応したのは、ロキの父ガロンだった。

 ベロニカは、イセの手をぽんぽんとしてから離し、呆れた口調で言った。


「ロキ、あなたこそ何を簡単に」

「あら、イセは頭首だけど、あたし、代理だし」

「ロキ!」


 長いウェーブのかかった紫色の髪をもてあそびながら、ロキは軽やかに笑った。

 ベロニカと違い、自宅の気楽さもあってか、ロキは髪を大して整えもしていなかった。

 きっちりとスーツを着込んだガロンとは対照的であった。


 ベロニカは意外に感じたのだが、ロキの軽口とも思える発言を、ガロンはすぐに本気と受け取った。そして、ガロンは怒っていた。

 まるで、その可能性があると知っていたかのようだとベロニカは思った。


 不快な表情で怒りを示すガロンに、ロキは疲れをにじませた気だるい様子で言った。


「弟も3人いるのよ。みんな、ガツガツしてて、あたしの寝首をかこうと頑張ってる、やる気のある子たちばっかりよ。みーんな、魔術も使えるし、いいじゃない」

「ふざけるな」

「ふざけてないわよ。大体、あたし、跡取りうんぬん、正直ちょっとキツイし」

「ロキ! 貴様!」


 ロキは一瞬、目を閉じて、一呼吸。静かに目を開いて言った。






「黙れよ、親父。まことの黒が矛を収めた。ここまでやった。対価として十分だろうが」






 低く凄みのあるロキの声に、ガロンは息をのんだ。

 ベロニカとイセも、思わず目をぱちくりとした。

 ロキはすぐに柔らかな雰囲気を取り戻し、今度は髪をいじりながらおどけるように言った。


「ねえ、分かるでしょ? 帰りたいって血が騒ぐのよ。あたしがいる場所はここじゃない。ねえ。だから代理だったんじゃないの? 頭首ガロン。あたしをここに至るまで頭首にしなかったのは、思惑を越えて感じるものがあったからでしょ?」


 ガロンの歯ぎしりが聞こえてきそうだとベロニカは思った。

 手離したくないものが飛び立とうとしている。いずれその時が来るのではないかと恐れていた。今それを目の当たりにしている。

 ベロニカは横から見て感じていた。



 ガロンは、ロキを愛しているのだ。





「ごめんね、あたし、家名に泥を塗るけど。口にしたらダメね。もうたまらない。あたし、船に乗るわ」





 ロキの言葉に、崩れ落ちそうになっているガロンを、ベロニカは目にしたのだった。

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