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タタとカラカラ

 ミドリ地区の中心街を少し外れた住宅地に、赤い屋根の小さな家があった。

 区画整理された地域の中で、余ったような狭い土地にその家は建っていた。


 それは、タタとカラカラの家だ。


 二人は慣れっこである気楽な関係のまま、家を共有していた。

 タタはアニヤの経営する便利屋で働いていた。

 カラカラは近所のカフェで給仕をしつつ、アネモネが運営する組織の手伝いをしていた。




 帰ってきたら全部して。




 カラカラはアニヤとともに出発するタタへ、そう言って送り出した。

 タタは、耳に残るそのカラカラの声を胸に、家路を急いだ。


 今までの関係から何かが変わる。

 いやそれをそうと意識できているわけでもない。


 タタは体力の限界を押し切って走った。

 カラカラに会いたかった。

 ただただ無性に会いたかった。





 タタが二人の家に駆け込むと、テーブルに突っ伏していたカラカラが顔を上げた。


「帰った」


 タタは息を切らし汗を拭いながら、それだけを言った。

 カラカラは口元に手を当て、喉を詰まらせたように絶句した。

 カラカラはゆるゆると立ち上がった。


 出かけることを考えていない紺色の部屋着、ドライヤーをかけない洗いっぱなしの髪。

 妙に懐かしくも感じられる、いつものカラカラが、タタの目に映った。


 カラカラはじっと立ち尽くしていた。

 そのまま時が過ぎた。


 思ったほど感動的な出迎えをしてくれないカラカラに、タタは少々ムッとした。

 タタは一歩踏み出した。


 すると、カラカラが一歩退いた。


「ん?」


 勘違いかと思い、タタはもう一歩近づいた。


 間違いなかった。

 カラカラは一歩退却した。


「な、おめえ!」


 タタはカッとなった。文句を言ってやろうとカラカラを見た。

 目が合うと、カラカラはいきなり頬を赤くした。


「は?」


 タタは、そんなカラカラの変化にぎょっとした。

 カラカラは赤くなった頬を恥じいるように両手で押さえ、あと二歩、後ろに下がった。


「いやいや、それはないだろ」


 業を煮やしたタタは、つかつかとカラカラに歩み寄った。

 狭い家である。

 あっという間にタタはカラカラを壁際に追いつめた。


 するりと背の伸びたカラカラと、小柄なタタの身長はほとんど変わらない。

 目の前にいるタタから、カラカラは目を逸らそうとしていた。

 タタはショックを受けた。


「言いたいことあんなら、はっきり言えよ。何だよ、急いで帰ってきたんだぞ。その態度、意味分かんねえ」


 口にしてみると不安も湧いてきた。

 タタはカラカラに対して、何か、大きな期待を持って帰宅した。

 それはそれは、大きな期待だ。

 しかし、それが見当違いであったら。カラカラの思いとはすれ違っていたとしたら。

 ただの無様な男ではないか。



 カラカラは、片手で胸元の服を握り、もう片手で頬を押さえ、うつむき加減である。

 タタは焦りのため言葉を重ねた。


「何かあるなら、言えって!」

「…い…」

「はっきり言え、聞こえねえ!」

「だから…か…」

「はあ?」


 カラカラは意を決したように息を吸って、しかしながら、うつむいたままタタに言った。






「何か、あんた、今ちょっと、かっこいいから、恥ずかしい」






 タタは固まった。






 目の前でうつむくカラカラの頬の赤さが、やけに胸に迫ってきた。

 タタの心臓が、先ほどとは違う意味でドキドキと鳴り始めた。


「そ、そうか」

「うん」


 タタの口の中が急激に水分を失い、パサパサになった。

 タタは自分の服装が気になってきた。

 あれやこれやあったので、擦り切れて泥だらけである。

 今さらながら、手で服の汚れをはたき落とした。

 タタは、バタバタと動いた。

 せっせと身ぎれいにし始めたタタを見て、カラカラは噴き出した。


「笑うなよ」

「ふふ。ごめん」


 二人はやっと目を合わせ笑いあった。

 笑いが切れた時、カラカラはぽつんと言った。


「心配した」

「おう」


 カラカラの細い腕が伸びた。

 カラカラの手が、タタの胸板に触れた。

 タタの心臓が早鐘を打った。


 カラカラの目尻から一筋の涙が落ちた。



「おかえりなさい」



 タタは矢のような速さでカラカラを抱きしめた。

 タタの腕の中で、カラカラが泣きながら言った。


「あんたがもう帰ってこなかったらどうしようって…」

「おう」

「あんたが…」

「む」

「タタ」

「ん」

「おかえりっ…」


 タタは、泣き声のカラカラをきつく抱きしめた。

 胸に込み上げてくるものをこらえて、タタはカラカラに言った。


「帰ってくるさ」

「家」

「ちげえよ。俺の帰る場所は、カラカラだ」

「私」

「そうだ。俺はいつでもカラカラの元に帰る」

「タタは、私のところに、帰ってくる」

「そうだ」


 カラカラは少し体を離して、タタを見た。

 カラカラの涙は止まらなかった。

 タタは、カラカラの頬に手を伸ばし、手のひらで涙を拭った。


「おめえは泣くとブスになる」

「何よ」

「笑ってろよ」

「泣かしたのあんたですから」


 自分のために泣くと言うカラカラに、タタは喜びを感じた。

 カラカラは少したじろぐように、タタから視線を逸らした。


「あんた少し変わった」

「そうか? ああ、まあ、ケリつけてきた。もうくだらねえことにウジウジしねえ」

「うん」


 カラカラは泣きながら、恥ずかしそうに頬を染めた。

 タタのことを変わったと言うが、タタからすれば、カラカラの先程来のそういった様子も、これまでとは違って感じられていた。



 ヤバい。

 グッとくる。

 はっきり言って、かわいくてたまらない。

 いろいろヤバい。



 タタの胸の内はそんな言葉でいっぱいだった。

 しかし、タタは成長していた。

 感情まかせに動くことは、こんな時にもしなかった。


 タタは一度深呼吸をしてから口を開いた。


「だからさ」

「うん」

「細かいことは置いといて」



 タタはカラカラの両肩に手をかけ、うつむきがちなカラカラの顔を覗きこんで言った。









「俺だけのカラカラになって。俺と結婚してください」








 カラカラは泣いた。

 泣いて頷いた。




 タタはここでもやり遂げたのである。













 十分に気持ちを確かめ合ったタタとカラカラは、落ち着いてから、これまでの話をした。

 タタは王立魔術学院での出来事を、カラカラは7日間、帰ってこないタタを待ち続けていたことを話した。

 時の流れの違いに二人は驚いた。



 そして今、二人は船が出ることを知っていた。


「どうしようか」

「どうすっかなー」


 タタとカラカラは、これからの話をし始めたのであった。

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