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何度も出会う

 シェイドの魔力が船を走り、船の機能は次々と目を覚ました。

 船は大きく伸びをするように、ゴゴゴと振動していたが、やがてそれも止んだ。


 目覚めた船は、生き生きとしていた。

 フロウはそれを感じ取った。


 この船は命を吹き込まれ、若々しく燃え立ち、希望を見据えている。


 フロウは先程まで、膨大な魔力の循環にあてられ、どうにもこうにもクラクラしていた。

 しかし今、魔力のうねりは去った。

 沸々と湧き上がる、踊り出したくなるような、船の喜びが感じられた。

 フロウもワクワクしてきた。







 シェイドは呪文を唱え終えた。

 少し沈黙し、魔法書から手を離した。


 何ともいえない倦怠感があった。

 間違いなくやり遂げたという達成感もあった。 


 シェイドは自分の右手を見た。

 それから拳を握ってみた。



 シェイドは自分の体がある意味軽くなり、ある意味重くなったように感じていた。

 船は一部分自分とつながってはいるが、自分そのものではない。

 船に与えた力の分、今のシェイドの魔力は、ごく普通の優れた魔術師と変わらない程度になっていた。



 シェイドは船を得て、比類なき強大な魔力を失った。



 もはや今までの自分ではない。

 新しい人並みの自分を生きる以外にない。


 シェイドは拳を開いた。

 頼りなく感じた。

 心なしか肩に負った傷が痛みを増した気さえした。



 シェイドは、船の鼓動に耳を澄ました。



 船からは弾けるような喜びが響いてきた。

 シェイドはその声を聞き、なぜかホッとした。

 自身に訪れた変化は、想像よりも大きなもので動揺したが、これでいいと思えた。





 台座を向いていたシェイドは、振り向いて金庫バアに呼びかけた。


「金庫バア」

「何だ」


 金庫バアは、返事をしながらよいこらせと立ち上がった。


「ギルさんの指輪をこちらに持ってきてください」


 金庫バアは目をぱちくりとした後、握り込んでいた指輪を指先で持ち直した。

 金庫バアは歩いてシェイドの横に行った。フロウも後に続いた。




 若干、気だるい顔をしたシェイドが、台座に置かれた魔法書の横にあるくぼみを指さして言った。


「金庫バア、指輪をそこの小さなくぼみに置いてください」

「む?」

「ほら。呼び合ってます」

「わあ、本当、呼んでますよ」


 フロウにも分かった。

 台座右側にある小さなくぼみが、金庫バアの持つ指輪に絶えず魔力の信号を送っていた。指輪もそれに応え返すように、魔力を発していた。


 金庫バアは、訝しく思う気持ちをぐっとこらえ、黒曜石の指輪をだまって台座のくぼみに置いた。




 黒曜石の指輪が震えた。




 指輪に書きこまれていた複雑な魔術が、猛烈な速さで展開した。

 待ってましたとばかりのスピードに、シェイドもフロウも驚きを隠せなかった。



「目が回りそう…」


 思わずフロウはつぶやいた。


「ああ。これは、なんて言うか…」


 シェイドは口を濁した。

 一瞬浮かんだのは、執念深い、という言葉であるが、金庫バアの手前、はばかられた。


「何だ。お前らばかり訳が分かった顔をして」


 金庫バアは不満げに目を座らせた。





 カタン、と音を立て、指輪の振動が止まった。


 台座の左側に、コップを置くような円形のくぼみが現れた。

 そこからすぐさま、円筒形の光が発せられた。


 3人の目の前で、変化は次々起こった。


 円筒形の光の中に、小さな人形のような影が現れた。

 それは次第に陰影を濃くした。

 色を重ね、輪郭を明確にし、ひとつの立体的な像を結んだ。





「久しぶり」





 像が言った。

 金庫バアはあんぐりと口を開けた。


 落ち着いた低い声。

 後ろになでつけられた銀髪。

 しわの刻まれた顔において、輝きを失わない黒き瞳。

 まぎれもなくそれは。









「ギル」









 金庫バアのあんぐり開いた口からこぼれた名は、現れた男を微笑ませた。

 しかし、その男の全長は、せいぜい大人の手首から肘までの長さ程度。

 まるきりギルのミニチュアなのであった。




 シェイドは、なるほど、そういうことか、その手があったか、という、妙な納得を持って、しきりに小さく頷いていた。

 フロウは事態が把握できず、口元に手をあて、首をかしげていた。





「あなたのそばにいたくて。私はギルの記憶の残像に過ぎないが、それでも。いや、何よりも、この船にはガイドが必要だろうから」





 前者の理由が8割。分かりますとばかりに、シェイドは力強く頷いた。

 フロウは目をぱちくりとさせながら、そんなシェイドを不思議な顔で見上げていた。




 事態をうっすらと理解し始めた金庫バアに訪れたのは、まぎれもなく怒りであった。


「お前は! さっさと死んでおいて、なんて身勝手な!」

「あなたの驚く顔が見たくて」

「たわけ! またあたしを巻き込んだね!」

「気づいてくれただろうか。まずは挨拶をするべきだとあなたにはよく怒られた。今回は、用件よりも挨拶を優先した。ところで、この船には大勢の人間が乗る。あなたのような存在が必要なのだ」

「知るか! シェイドがいればいい話だ!」

「シェイドに全体をまとめるリーダーシップは、ない」


 きっぱり言い切るギルの言葉に、シェイドは気まずさをおぼえた。


「まあ、確かに」


 金庫バアは即座に同意した。

 金庫バアの脳裏には、チームメイト以外との交流を持とうとしない、かつてのシェイドの姿がよぎっていた。

 シェイドはさらに気まずくなった。



 ギルは、金庫バアの怒りの矛先をきれいに逸らし、話を進めた。


「この船は多くの人を乗せ、長き旅に出る。この船を動かすシェイドの判断に、誰もが口を挟めなくなる。独走すればシェイドは孤立する。この船の命を目的地まで保つためには、多くの人々が共存するための知恵が必要だ。あなたは、シェイドにとっての重しとなり、あらゆる人々の相談役となり、上手な憎まれ役としての風穴にもなるだろう」

「相変わらず勝手に役を振り分けようってのかい」

「私が一緒だ。私がともに背負う」


 金庫バアの中で、怒りの感情が瞬く間に呆れの感情に変わっていった。


 おかしな事態が起こったかと思うと、あっという間に巻き込まれてしまい、気がつけばすべてはギルの筋書き通り。慣れた感触であった。


 金庫バアは目頭をもんだ。


「頭が痛くなってきた」

「すまない。まことの黒の事情に、最後は巻きこんでしまった」

「ああ」

「今度は、私があなたを看取る」

「うん?」

「あなたが遠い未来、死を得る時、私が必ずそばにいる」


 金庫バアは腕組みをして言った。





「悪くないね」





 ミニチュアのギルは大きく微笑んだ。











 金庫バアとギルの和解のムードを受けて、フロウも微笑んだ。


 この部屋には、神秘的な魔力が満ちている。

 何が起ころうと、そういうこともありえるかと思えてしまう。

 小さなギルを、3人は驚くほどすんなりと受け入れた。



 そんな中、シェイドは複雑な心境でもあった。

 失ったもの、得たもの、来た道、進む道、さまざまな心情が交錯した。



「…」



 金庫バアとギルは、そんなシェイドの前で、人生の終焉の話をしている。




「…」




 最終的にシェイドは、ギルさん、勉強になりました、という思いに至ったのであった。

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