後始末
5月下旬の更新になってしまいました…
なかなかPCに向かう時間がとれず、頭もごっちゃりしていて文章も微妙ですが、今後もよろしくお願いします!
サイゴのツギの塔、制御室にて。
ベロニカは、時も場も忘れて泣いていた。何度か涙を押さえた白衣のそで口が、すっかり濡れてしまった。
座り込んだベロニカの膝の前に、倒れて動かないスイレンの頭があった。
ベロニカはそのスイレンを見下ろして、はらはらと涙を流し続けていた。
どれほどの時間そうしていたのか。
ふいに制御室の外に複数の人の気配が立ち現れた。
足音と怒鳴り声がベロニカの耳に届いた。
「こっから先は入ってくるな! あんたは、そこにいなさいよ! あんたも、あたしをバカにしてんの? 自分の身ひとつくらい自分で守れるわよ!」
ベロニカが思考力を取り戻すよりも早く、怒鳴り声の主ロキが、制御室にひとりで入って来た。
「何よこれ、酷いわね。ん?」
制御室の惨状を見渡して眉を寄せたロキは、すぐにベロニカの存在に気がついた。
「あんたのこと知ってるわ。大学院の魔術師ベロニカ。それに…スイレンね」
ベロニカは泣きはらした顔をロキに向けた。
ロキは険しい顔をした。
「あんたたち、不法侵入よ。ベロニカ、薄曇りの暗さに対処するために、ここに入り込んだのかしら。それとも。宵闇の青スイレンがいるということは、グランドの差し金? いいえ、どうも変ね」
ロキは注意深くベロニカとスイレン、そして制御室を見た。ロキは、細長い指先に緩いウェーブのかかった長い髪を絡めながら、つぶやいた。
「その魔法陣の残骸は、宵闇の青の魔術。ずいぶんと手の込んだ魔術を…」
常春の華ロキは、ベロニカが宵闇の青イセとスイレンを預かっている事情も、そうなるに至った経緯も理解している。
ロキの頭の中で過去から現在までの情報が組み立てられていった。
宵闇の青の大きく複雑な魔法陣。これほどの魔術を行ったのは、おそらく天賦の才を持つスイレンだろう。深刻なスランプに陥っていたスイレンは、ベロニカの手によって息を吹き返したということだ。
スイレンは、サイゴのツギの塔に入ることを許される立場ではない。
学院の古代棟、魔封じの間に保護していたフロウが、宵闇の青グランドに連れ去られた。
グランドは学院の敷地から出てはいない。そして、グランドは塔に自由に出入りする権限を持っている。
すなわち、フロウをさらった宵闇の青グランドが、まことの黒シェイドを打ち倒すべく、この塔にスイレンを連れ込み、宵闇の青の魔術を強いたと考えるのが自然だ。
「フロウを人形に…!」
ロキは青ざめた。
壊れた魔法陣。倒れているスイレン。色濃く残る強大な魔力の痕跡。
今ここに残るのは、その結果だ。
「シェイドがここに来たのか…!」
ロキは細長い形のよい指を口元に当てた。
知らぬ間に爪を噛んでいた。
ベロニカはスイレンに付き添ってここに来たのか、薄曇りの暗さはどういうことで発生しているのか、その辺りは明確には分からないが、それ以外については概ね的外れなストーリーではあるまい。
宵闇の青グランドが、しでかしたのだ。
それは、ロキがしてほしくなかったことだ。
勝手にシェイドを倒そうと画策し、返り討ちにあったのだ。
ロキの中で何かがブチンと切れた。
ロキは、激情のままにまくしたて始めた。
「あの野郎、フロウを使ってシェイドに手を出したわね! ああもうイライラする! 何なのよ! 台無しよ! シェイドが人の言葉を理解しない獣になっちゃうじゃないの! スイレン、お前もバカ! グランドの言いなりになってんじゃねえよ! ベロニカ! あんたまで何やってんの、スイレンをきちんと管理しなさいよ!」
「やめて! そんな言い方しないで! スイレンは、スイレンは…」
「うるさい! ベロニカ、あんたの責任よ!」
「そうよ、スイレンが命を落としたのは私の責任よ!」
ベロニカは、両手で顔を覆って再び泣き始めた。
ロキは渋い顔をしながら舌打ちをした。
「ほんっと、イラつく!」
ロキは、壁にかかる大きな白い石板の前までつかつかと歩きながら言った。
「死んでない」
「え?」
石板に手をかざしながら言ったロキの言葉に、ベロニカは顔を上げた。
「あんたほどの女が、何、舞い上がっちゃってんの。スイレンは虫の息だけど生きてる」
「!」
ベロニカは驚愕し、スイレンを見下ろした。
ロキの意思に応え、石板に学院の敷地全体が映し出された。
ロキは猛スピードで移動する黒い影を見つけ、指を鳴らした。
「嘘! いた! 間に合った! あら! 薄曇りの暗さも消えてるじゃないの! 何よ! ちょっとベロニカ、こっちが終わったら、スイレンをどうにかしてやるから、それまで死なせないようにもたせなさいよ。下手でもなんでもいいから」
「うるさいわね! 言われなくても今やってる!」
ベロニカはスイレンに、慌てて状態保存の魔術を施していた。
実をいうと、ベロニカはスイレンの生命の気配を今もなお感じとれずにいた。
しかし、ベロニカはロキの言葉を信じたかった。
ロキは白板に念じ、敷地を出ようと移動するシェイドを、魔術の壁で囲い込んだ。
シェイドはすぐさまロキの視線を看破し、目を合わせた上で、壁を破壊しようとした。
「ちょっと! お願いだからちょっと待って! 話を聞いて!」
ロキは必死に話しかけた。
まことの黒シェイドと常春の華ロキの、石板越しの対面であった。
制御室の壁にかかる石板に映るシェイドは、爪の先ほどの動揺も見せず、冷たい視線をロキに向けていた。
ロキの心臓は縮み上がっていた。その眼差しに、シェイドの怒りを感じ取ったからである。
グランドの所業を思うと、シェイドが突然に、学院丸ごと魔術で吹き飛ばすくらいしたとしても不思議ではないと、ロキは考えていた。
ロキは必死に呼吸を整え、全体状況を見逃さないよう目を凝らした。
戦いに終止符を打つチャンスは、今ここにしかないと思えた。
シェイドは眠るフロウを抱きかかえていた。
ロキは、フロウにかかっていた魔術が解かれているのを見た。
フロウの記憶が戻っていることを理解した。
シェイドの様子から、二人の関係を推し量った。
同時に、ロキはフロウの状態も見極めた。
フロウは死んではいない。眠っているだけだ。
宵闇の青の魔術に侵されてもいない。
シェイドは、自分にとって大切な存在であるフロウをとり返したのだとロキは判断した。
「悪い話じゃないわ! あたしは常春の華頭首代理ロキ。無益な争いを終わらせたいの! まことの黒シェイド、戦いを終わらせましょう!」
シェイドは無表情だった。しかし、魔術の壁を破壊することはなく、その場に留まった。
ロキは、シェイドに話し合いの余地が残っていたことにホッと胸をなでおろした。
フロウが生きていたことに感謝した。
「手短に言うわ。まことの黒シェイド、あなたの望みを知りたいの。常春の華は、できる限り要望に応える。戦争になる愚を避けたい。戦いが長引けば、あなたの大切な人も傷つく」
石板に映し出されたシェイドは、目を細めてロキを見た。
あなたの大切な人、という言葉に、あなたがその手に取り戻したフロウも、という意味が含まれることを、二人は言外にやり取りしていた。
ロキはシェイドの刺すような視線を、真剣に受け止めた。
ベロニカは、息をのんで状況を見守っていた。
シェイドが口を開いた。
「俺はこの国を出て、二度と戻るつもりはない。あんたたちと争う気もない。悪いが、これまでの恨みつらみを俺は引き受けない。全部ここに置いて行く」
「まことの黒の一族は」
「ともに行くものは行くし、残るものは残る。俺がいなければ、あんたたちの敵じゃないだろ」
ロキはシェイドの言葉をどう受け止めるべきか迷った。
「まことの黒シェイド。その言葉をどうやって信じたらいい?」
「俺はあんたをどう信じたらいいんだ。戦いを終わらせたい? 俺がいなくてもあんたたちはそう考えるのか? 報復しそうな俺が去ったら、一族を根絶やしにするのか?」
「いえ、決して」
「そうか。俺は去るけれど、その前に、俺があんたたちを根絶やしにしておけば、俺にゆかりのある人間たちは安全なのか」
シェイドの物騒な言葉に、ロキの血の気が引いた。
「やめましょう。あたしたちが終わらせましょう。あなたがその力を使えば、たとえあたしたちを滅ぼしたとしても、巻き添えが出て、憎しみが連鎖する」
「だろうな」
「不毛よ。もっと生産的なことがしたい。過去の後始末で一生を終えるのではなく、憎しみの心ごと慰霊しながら、発展したい」
ロキは青ざめながらも、まっすぐにシェイドを見て言った。
これまでのシェイドについての情報から、ロキは、シェイドに対しては、青臭くても自分の言葉で真っ向から話すのが良いと考えていた。組織にとってのメリットデメリットという論調や、堅苦しく儀礼的な言葉を用いなかった。
やり取りをするほど、ロキはその方向性を固めていった。話が通じている感触があった。
シェイドは言った。
「あんたが声をかけてきてくれたおかげで手間が省けた。あんたたちに言っておきたかったことがある」
「…何かしら」
イヤな予感がして、ロキは眉を潜めた。
シェイドは続けた。
「もし、俺が去った後、ここに残る選択をした俺の大事な人たちにあんたらが手を出したら、それを発動条件として、俺の魔術があんたたちを狙い討つ」
「なんですって?」
「そういう発動条件の魔術を仕掛けてから行く。俺の魔術の威力は知っているだろう? 自分で言うのもなんだが、それはもう抜群の破壊力だ」
「嘘でしょ」
「誤解するな。あんたたちが俺の大事な人たちに無体を働きさえしなければ、何も起こらない。俺から仕掛けて、報復で俺の大事な人たちが傷つくことになる選択を、俺はしない」
ロキはムッとして腕組みをした。
「あなたがいない中で、まことの黒の一族がこちらに攻め入ってきたら、あたしたちは何もできないということ?」
「攻めてきた分には、やり合ってくれて構わない。できれば避けたい事態だが。万が一、まことの黒から引き金を引くようなことがあったら、できるだけ穏便に終わらせるよう努力してくれ。まことの黒が勝ち残るような力は、ここには残していかないつもりでいる」
シェイドの答えを受けて、ロキの頭は回転した。
果たしてシェイドから、これ以上の回答を引き出せるのかどうか。
「まことの黒が画策して、あたかも常春の華や宵闇の青が手を出したように装ったら、あなたの魔術は罪のないあたしたちを引き裂くのかしら?」
「まことの黒の一族には、俺の魔術の守りがあることは知らせない。自分達で生き抜けと言っておく。それに、あんたに詳しくは教えないが、俺の魔術は出来がいい。妙な事にはならない」
ロキは、シェイドが己のやり方を撤回する気がないことを感じ取った。
ロキは額に浮かんだ汗を拭った。安全を確認するべく必死だった。
「シェイド、あなた、この国を出ると言うけど、どこの国に行くつもり? 保護してくれる国があるのかしら。他国に庇われて、まことの黒の力をその国に貸して、ニア国にとって脅威になるのだとしたら、常春の華というより、ニア国があなたを放っておかないと思うけれど」
「心配ない。大東海の魔の海域を越える」
「え」
「邪魔したら容赦しない」
シェイドは変わらない表情でさらりと言ってのけた。
ロキは突然の話にポカンとした。
「大東海、魔の海域、そんなことできるわけ」
「俺を誰だと思ってる」
「まことの黒…シェイド…」
「ああ、そうだ」
シェイドは軽く息を吐いて笑った。
ロキが初めて見る、シェイドの笑顔だった。
不覚。
ロキの胸が高鳴った。
ロキは、話の内容にもその笑顔の美しさにも度肝を抜かれたのであった。




