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04 種族と能力



「星華ちゃん、ひいちゃん、ありがとねえ。また頼むよ」


 八百屋のおばちゃんに手を振り、ひいちゃんは星華を乗せたままギルドに依頼完了の報告に向かった。



 星華が異世界に来て、早くも一ヶ月が経った。毎日精力的に町で雑務依頼をこなしたため、今では大分打ち解け、会話も普通に出来るようになっていた。


「あ、ひいちゃん。依頼完了ですか?」

『はい』


 依頼を完遂したと言う証明書を差し出す。依頼人のサインが入っているそれを受け取ったのは、お馴染みの受付嬢――ミリア。彼女は最早星華・ひいちゃん担当と言っても過言ではないだろう。雑務依頼を受ける冒険者は少ないので非常に助かってはいるが、流石に不気味なので誰も相手したがらなかったのだ。


 ぱかりと、開いた蓋の一部からひょこりと顔を出す星華にも、慣れたもの。ひいちゃんの宝石狙いで誘拐しようとした賊に怯え、もう外には出ないと嫌な決意をしてしまった星華も、ある程度気を許した相手には顔は出す。それを知っているので、最初は驚きはしたものの今は笑顔で対応している。

「はい、これ報酬よ。毎日頑張ってるわねえ。依頼達成率100%って凄いわ」

「殆どひいちゃんのお陰ですけど……」

「何言ってるの。星華ちゃんも星華ちゃんにしか出来ない事、してるじゃない」


 ミリアの言葉は、星華へのフォローでも何でもなく、紛れもない事実である。実際に、力仕事はひいちゃんの領分だが、店番や特殊・・依頼は、星華がやっている。


 特殊依頼と言うのは、まあ簡単に言えば特定の技能がいる依頼だ。例えば、薬師の手伝いなら薬作りか薬草の知識がある程度いる。ないと一から教えなければならず、逆に手を煩わせるからだ。

 星華が受ける特殊依頼は、この町でも星華とあと二人くらいしか受けられない、とある技能がいる。それを語るには、星華の種族を知ればより分かりやすいだろう。


 星華の種族は、『呪人(呪術少女☆スターフラワー)』である。


 ふざけてはいない。一応、ふざけてはいない。多分、ふざけてはいない。

 呪人はこの世界にも存在するらしい。だが殆ど伝説染みた認識で、初依頼で知り合ったエルフ、ユリウスが一般には知られていないと言っていた。

 括弧の中は、星華にひいちゃん達と力を与えたと言う、謎の人物の趣味だとか。寧ろ元々はこちらだけで、呪人と言うのはこの世界に合わせた種族だろうとの事。ひいちゃんも知らぬ間に変化していたらしい。どちらかと言うと職業じゃないか、とか言ってはならない。そういう問題でもないからだ。


 もう分かっただろうが、星華が受ける特殊依頼。それに必要な技能は、呪いである。つまり、呪術師限定の依頼である。

 人口が少ない呪術師は、この町にもほぼおらず、依頼も溜まる。まあ、普通は呪術師は大抵が呪いを請け負う店を開いているので、そこに行けば済むのだが、この町には呪い屋はないのでギルドに依頼が来るのだ。 星華は、死に関わるような呪いはやらない。浮気した夫を懲らしめたいとか、強姦魔を滅茶苦茶にして地獄の底に叩きつけめり込ませたいとか、そう言ったのを請け負っている。後者はへヴィーだが、女としてそれは許せんと引き受けた。


 星華の呪いは一風変わっている。地味だけど精神的なダメージは意外と大きい呪いが主体だ。タンスの角に足の小指をぶつけるとか、低いサッシに頭をぶつけるとか、麺類を食べたら鼻から出てくるとか。第三者からしたらくだらないと笑い事だが、本人からしたらそれが毎回毎回起こるのでイライラが止まらない。地味に効果的である。因みに、性犯罪者用の呪いはある意味悲惨である。例によって他人事なら面白いが。

 祝福もそうだ。祝福とは、旅の無事を願ったり生まれた子供に幸多からんことを祈ったりと、幸運を上げる効果が普通だ。だが、星華の場合、普通より効果が高いし、幸運だけでなく悪運や奇運を授けるのも可能だ。戦闘用の呪術もやたら豊富だが、戦うつもりはないので関係ないだろう。


 一通り依頼を確認し、いくつか選ぶ。呪いの依頼はそんなに多くないが、最近では指名も入るようになったので忙しい。まあ、星華というかひいちゃんへの指名依頼だが、ひいちゃんは星華の魔力を動力源にしているので、一応星華指名となっている。


「そうそう、もうすぐ学生達が遠征から帰ってくるみたいよ」

「遠征?」


 依頼書を整理しながら、ミリアがそうこぼした。星華はきょとんと首を傾げる。それにミリアはああ、と頷き説明をした。


「エメラード学園の生徒は、この時期になると実地試験としてバロック山に行くのよ。大体半月くらいかしら?」

「あ……だから最近学生見なかったんだ」


 エメラード学園とは、彼の英雄が作った学園だ。戦い方や魔法を教える学園で、この町は今や学園都市として昔より遥かに発展した。

 英雄は元々普通の人間だったが、ハイエルフと結ばれ儀式を行ったため、長命を手に入れ未だ健在らしいが、誰も見た事がないらしい。だが、確かに学園の理事長は英雄の伴侶なので、英雄に憧れ門戸を叩く者が多く学生の数はかなりのもの何だとか。


「遠征のあとのギルドは、成長を確かめたくて仕方ない学生で溢れるから、気を付けてね」


 何の忠告なのかは分かった。ひいちゃんの見た目で、絡まれたり攻撃されたりしないようにと言っているのだ。冒険者よりも、学生の方が意外とすぐに攻撃してくる。若さ故の全能感や無謀さ、履き違えた正義感と狭い視野でひいちゃんを魔物と判断する。

 学生は寮生が多く町で会う事は実は少なかったので、今まではそれほど関わりはなかった。だから、これからは暫く学生で溢れ返るだろうギルドに、一抹の不安を抱いた。どんな不安かって、勿論ひいちゃんだ。ひいちゃんの強さは、ギルド員なら誰もが知っている。学生をボコボコにするのは、流石にまずい。何せ王候貴族もいるのだから。

 まあ、すでに何人かぶっ飛ばされてるので、今更かもしれないが。


 ギルドから出た星華とひいちゃんは、自宅に帰る。いつまでも広場の片隅にいるのもどうかと思うので部屋を探し、集合住宅アパートメントを借りた。

 星華が住むのは、赤煉瓦のお洒落なデザインのアパート。名は紅玉の小鳥荘。赤い小鳥の小さな像が門の柱の上についているのが特徴で、それほど多くない住人達と共同生活を送っている。

 アパートに着くと、庭で花壇の世話をしていた管理人のユリナが顔を上げた。


「あら、おかえりなさい。今日は早かったのねえ〜」

「ただいまです」


 おっとりとした楚々とした美人。彼女を初め、殆どが女性で皆それぞれ美しい住人ばかりが住まう紅玉の小鳥荘。男の入居者はたったの三人だけで、一人は既婚、一人は学生、一人は鍛冶師のおっちゃんである。ある意味安全パイばかりで、こじんまりしたアパートにはもう空室はなく、下心を持った男はもう入れない。

 星華は運が良かったと言えよう。依頼でユリナの手伝いとして物置の整理をし、その際に部屋を探しているとこぼし、部屋を借りられた。とは言っても、元物置部屋だ。依頼で庭に作った倉庫に全て移したので空いた小さな部屋を借りた。ぶっちゃけ、住居はひいちゃんがいるので、それで十分なのだ。元物置だからか、かなり格安で借りられたのは嬉しい誤算だった。

 一階の左端の部屋が、星華の住まいだ。殺風景だが、部屋の真ん中にひいちゃんが立つだけで他に使用用途はないので、わざわざ飾ったりしないので仕方ないだろう。


「ひいちゃん、私ごはん食べるね」

『はい。来客があればお知らせいたします』


 ひいちゃんの中に引っ込んだ星華は、きい坊に食材を貰い、料理をした。料理は前からやっていたのか、それなりに出来るので記憶を取り戻すためにも、自炊をしている。

 作ったのは豚のしょうが焼き。調味料もきい坊にかかれば何でも出せるようで、味噌汁も作る。ご飯はきい坊に出してもらったピカピカほっかほかの白飯だ。


「いただきます」


 手を合わせ食べ始めた星華。ちょっと味が濃かったかなあ、なんて思いながら幸せそうに頬張っていく。食べるのが好きな星華にとって、食事の時間は何よりも至福なのだ。


 記憶に関しては、何となく戻ってきていた。もういっそ、ひいちゃんに頼んで戻してもらおうかとも思っている。精神的なモノとひいちゃんが言っていたが、もう一ヶ月も経ったのだ。そろそろ大丈夫じゃないかと思っている。早く思い出してしまいたかった。時々、自分が何者なのか、孤独と不安に苛まれるから。

『マスター、お客様です』

「ん?」


 歯磨きを終えてから、のんびり食休みをしていると声がかかった。記憶については今夜かな、と思いながら、星華はひいちゃんにお客様を通すよう指示した。


 恐る恐る入ってきたのは、そこそこ年嵩の女性。今でも十分綺麗だと言える容姿なのに、目の下の隈と疲れたような表情が外見年齢を引き上げている。この辺で一般的なワンピースは落ち着いた緑で、それが更にぐっと年齢を引き上げていた。

 ぽかんとしながら、やたら広く快適そうな空間を見回している女性に座るよう促した。ひいちゃんの影手がお茶を運んでくる様子や、暢気に挨拶するきい坊に短い悲鳴を上げているのを見て、星華は申し訳なく縮こまった。お鶴嬢が別室でここにいないのは幸いだった。


「あの、気にしないでください。こいつらに害はないので」

「は、はあ……」


 気にしないとか無理だろ、と互いに思いながらも居住まいを直す。靴を脱ぐ習慣はこちらにはないので、少し戸惑っているようでもぞもぞもじもじしながら、口を開いた。


「あの……私、キリエと言います。こちらが、呪い屋だと聞いてきたんですが……」

「私は星華です。まあ、大体合ってます……」


 予想はついていたので、人見知り全開の小さな声で返した。呪い関係の依頼を受け始めてから、星華は呪い屋と認識されている。呪術師と言うのは、大抵がギルドで呪い屋の宣伝を兼ねて依頼を受ける。だからか、星華もそうだと認識され最近はこうしてアパートに人が訪ねてくるようになった。

 因みに、のろい屋と言うのは大体そのままの意味で、のろいやまじないを扱う専門店の事である。中には高価で強い呪いしか売らない呪い屋もあるらしいが、一般市民でも利用出来るようリーズナブルでお手軽な物を売っている店もある。

 星華としては少々困惑したが、手に職を付けられるならいいかと特に否定はせず呪い屋をやろうかとぼんやり思っている。商売をするなら商業ギルドに登録する必要はあるが、その辺はひいちゃんが上手くやっているだろう。


「それで、どのような呪いをお求めですか? それとも、祝福でしょうか?」

「それは……――」


 こうして、星華の午後の予定は決まった。




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