03 町でのお仕事
ゆさゆさと揺さぶられ、うーうー唸りながらも目が覚めた。まだぼんやりする視界の中で、何やら桃色の何かが動いている。
「起きてくださいましお嬢様! とうに、とうにとうに日は上りましてよ!」
「う、ううん……?」
甲高い、寝起きには少々堪える声がした。金切り声、と言うのだろうか。何だかヒステリックな印象を受ける女性の声。
今にも熱いキスを交わしそうな目蓋を持ち上げ引き離し、ぱちぱちと瞬かせる。ぼやけた視界が段々クリアになり、そしてちゃんと確認した声の主にフリーズした。
鳥だった。桃色の。
「………、え?」
「まああああやっと起きたのですねこのお寝坊さん! 早く着替えて顔を洗ってきなさんし! お嬢様が好きなきい坊のワカメのお味噌汁と甘い卵焼きをご用意しますよ!」
「え、あの」
「今日のお召し物は、わたくしが昨日丹精込めて作り上げたワンピースですよ! 見てくださいこのお色! お嬢様の青白い死人のようなお肌と、陰気臭い顔立ちをカバーするために黒をあしらい、そしてわたくしと同じ桃色! 素晴らしい流石わたくし!」
「あ、や」
「胸元の切り返しが大きなお胸を強調し、ゆったりしたシルエットで体型カバー! お嬢様ったら最近またお肉がつきましたからね! お胸にお腹にお尻! 二の腕と太もももサイズアップですかっ? また採寸しましょうね! ほほほほほっ!」
これが巷で噂のマシンガントークか、と変なところで感心。現実逃避とも言う。不思議には昨日で慣れたはずだが、やはり無理だった。
桃色の可愛らしい色の彼女(?)は、基本は鶴だ。桃色と赤とオレンジの暖色系で彩られ、頭にはビロードのような飾り羽が虹のように艶めいている。バサバサとはためかせながら喋る姿は人間臭く、鶴のはずなのに、そして恐らく雌であろうに、何故か孔雀のような尾を持っている。七色の美しいそれは思わずうっとりしそうになるが、この異様なお喋り加減が全て台無しにしていた。
昨日の事を夢だと思う間もなく、一瞬で現実だと強制認識させた鶴に手渡されたワンピースは、それはそれは可愛らしく、手触りもよく、本当にこのお喋り鶴が作ったのかと言う完成度だった。
さりげに、いや隠しもせずさらっと心に矢を射って来る鶴に、若干心が折れかける。が、一方的に喋り倒し部屋を出ていったのを見て、ホッと一息吐いた。
『おはようございます、マスター』
「……! っお、おはようひいちゃん」
あの強烈な存在に呆然としていると、今のところ一番信頼している声が降ってきた。最初はビクついたものの、すぐに落ち着く。そして、後れ馳せながら自分が見知らぬ部屋にいるのに気付いた。
『ここはマスターの寝室になります。昨夜、マスターは夕食後眠ってしまわれましたので、僭越ながら私が着替えさせお運び致しました』
「あ……そうなんだ。ありがと」
キョロキョロする星華に気付き、質問される前に先回りして答えたひいちゃん。有能である。
星華はひいちゃんに促され、ワンピースを持ってパジャマのまま部屋を出た。昨夜はそのまま寝てしまったのでシャワーを浴びるのだ。ひいちゃんガイドにより、風呂場に到着。アメニティも選り取りみどりで揃っている。この際、何故水が出るのかとか、このアメニティはどこからとか気にしてはならない。ひいちゃんだから、で済ませる。ひいちゃんに関しては深く考えるだけ無駄だと、半日で早くも悟った星華だった。
さっぱりした星華は、いつの間にか用意してあった下着を着け(ぴったり!)、肌触りの良いワンピースを身に付けた。さらさらと肌を滑るのがちょっと癖になる。星華は頬を緩ませながら腰を捻りひらひら〜と裾を遊ばせた。
その後すぐ、ひいちゃんに見られてるのでは、と気付き、ハッと我に返った星華は赤くなりながらそそくさとリビングに向かった。ばっちり録画されていたのは知らない方が幸せである。
「まあまあまあっ、お似合いですわよお嬢様! 流石わたくし! お嬢様の陰気臭いお顔を明るいお色でカバーし黒で引き締めていますわ! ああっ、これを忘れてはなりませんよ! さあさあさあっ、穿いてくださいまし!」
「おはよう星華! 今日も可愛いね!」
リビングに入ると、二人(?)からの賛辞が飛んできた。何度陰気臭いと言うんだろうか。
星華は、渡された黒いガータータイツを履いた。曰く、可愛らしさの中に大人の色っぽさを加えるためだとか。拘りらしい。
「なんか恥ずかしいよ」
「んまあっ! そんな事言ってはなりませんよ! 本来ならミニスカートで絶対領域を見せたいところですが、お嬢様は肌を出すのが苦手でございますからね! ミニスカートじゃないだけ良かったと思いなんし!」
軽い脅しである。そして口調が色々混じっている。ヒステリー気味な金切り声を聞きたくなくて、素直に履いた。不思議な事に履き慣れているようでスムーズに身に付けられた。
絨毯の上に胡座を掻くと、テーブルの上に食事が並べられた。
『ワカメのお味噌汁に甘い卵焼き、焼き鮭に御新香とご飯です』
「さあさあお召し上がりになってくださいまし! お茶もありますわよ!」
「今日のも美味しいからね!」
「うん、ありがとう。いただきます」
食べようとして―――桃色の鶴を見た。今更だが、彼女は衣担当のお鶴嬢とやらだろうか?
『ああ、ご紹介が遅れましたね。彼女はマスターの衣服全てを担う、お鶴嬢です』
「ああっ! そういえば記憶を失っておりましたわね! すっかり忘れておりましたわ、わたくしったらおドジさん! お嬢様、わたくしは今ひいちゃん様が仰ったように、貴女の身に付ける物全てを管理・製作しておりますの! 着たい物があったら仰って! わたくしも着せたい物があったら仰いますからね!」
「は、はあ……」
なんと言うか、強烈なキャラである。堂々と着せ替え人形にすると発言したが、半分くらい聞いてなかったので適当に頷いてしまった。後々後悔するのだが、今は食欲をそそる匂いに意識を奪われ訂正出来なかった。
ぐーぐー鳴いて空腹を訴える腹の虫を静めるため、食べ始めた。美味しい食事を、うっとりしながらたっぷり味わった。
食事を終えた星華は、ギルドに来ていた。当然ひいちゃんに乗って。
ソファーに腰掛け外を見る星華は、やはりギョッとされ時に悲鳴を上げられ逃げられるのに、何だか切ない気持ちになった。また衛兵を呼ばれて泣きたくなった。
また衛兵に送られ、ギルドに到着。衛兵にお礼を言ってギルドに入った。中には冒険者らしい男女がいる。みんなひいちゃんを見ている。
ひいちゃんは全く気にせず受付に向かった。そこで、昨日と同じ受付嬢を見つけその前まで行った。
『依頼を受けたいのですが』
「あ、いらっしゃいませ。依頼ですね」
最初こそ驚いていたが、もう普通に接している受付嬢は、案外強からしい。
依頼書の束を渡されたひいちゃんは、町の雑務依頼を受ける事にした。ここを拠点にするには、多少なりとも町民に受け入れられなければならないだろう。ひいちゃんはそう考えた。
『――という訳で、マスター。よろしいでしょうか?』
「うん。……やっぱり私も外に出て依頼受けた方がいいよね?」
『そうですね……顔合わせは重要ですしね。ですが依頼自体は私がやります』
うん、と頷き依頼書を見た。庭の岩を退かしてくれ、模様替えの手伝いなど、力仕事が多い。星華個人では役に立たないだろう。
自分のお金を稼ぐのに、ひいちゃんにおんぶに抱っこなのに罪悪感を抱く星華。ひいちゃんはそれを見越したように話した。
『私はマスターの呪力、魔力と言った方が分かりやすいですね、で動いています。私の力はそれすなわちマスターの力。何も負い目に感じる必要は全くありません』
「……ん。ありがと」
呪力だの魔力だのは良く分からないが、ひいちゃんが自分を気遣ってくれたのは分かった。負い目を感じさせまいとしてくれる優しい棺に、星華は頬を緩めた。取り敢えず、暫くはこのままで何れは外に出てみようと考えた。ひいちゃんが素直に出してくれるかは別として。
ひいちゃんが選んだのは、庭の大岩の撤去依頼。報酬もそこそこ良く、すぐにこなせそうだからだ。序でに、いくつかの依頼も受けておく。掛け持ちは禁止されていないし、出来るだけ早く町の者と接し馴染みたいからだ。
不気味な棺は、一部の者以外には敬遠されがちで、まあ受付嬢に教えられた依頼主の自宅でも、そりゃあ腰を抜かされ吃驚された。依頼受諾書を見せ、星華も顔を出し挨拶し何とか落ち着いた。強烈なインパクトを与えられたあと、少しおどおどした大人しそうな少女を見ると、人は無条件でホッと安心してしまうらしい。ひいちゃんから出てきた時は、一緒に化け物扱いだったが。お陰で引き篭りは長引きそうである。
依頼主は、おじいさんだった。庭に花壇を作ろうと思ったが、大岩が邪魔で中断していたらしい。雑務依頼を受ける人があまりいないが、今まで二人ほど依頼を受けた冒険者が来たが、ビクともしなかったのだとか。
「これじゃよ」
「ふわあ……」
ぽかんと見つめる先の大岩は、目の前にすると更に迫力があった。垣根から上の方が覗いているのは外からでも分かったが、やはりでかい。
大体三メートルほどだろうか。見上げるほどの大岩が、庭に見事に埋まっている。圧迫感があると言うか、何だか変な感じがする星華は、じっと大岩を見つめた。
「何でも昔、魔物に襲われた時に飛んできた大岩がここにめり込んだ、と言われておるんじゃ」
「魔物……? この町に、ですか?」
「うむ。200年も経ってはいないとは思うが、そこそこ前でな。メーリルの森の魔物が、突如この町にたくさん襲い掛かってきて、その場に居合わせた一人の冒険者により殲滅されたのじゃ。後にその冒険者は、各地で様々な善行をし英雄と呼ばれるようになったのじゃ」
「へえ〜……英雄ですかあ。善行……なんか、もう凄いって言葉しか出てきません」
目を丸くしそう言う星華に、おじいさんはうんうんと頷いた。英雄、と言われてもイメージは某有名RPGの勇者しか思い浮かばなかった星華だが、現実にそんな人がいると言うのに驚いた。そんな善人がいるかと言う冷めた思いもある。何があった女子高生。
「この大岩その時の名残で、あの惨劇を忘れてはいけない戒めであり、英雄を思い出す物なんじゃよ、これは」
「え……あの、そんな物撤去しちゃっていいんですか?」
「うむ、いつまでも過去に囚われるのは英雄も嫌うじゃろう。それに、ぶっちゃけ邪魔なんじゃもん」
「………」
反応に困った星華だった。
『では、そろそろ依頼を遂行させていただいてもよろしいでしょうか?』
今まで黙っていたひいちゃんが、星華の斜め後ろから出てきてそう言った。
おじいさんは、最初はあんなに驚いていたのに、もう慣れたように普通に接していた。お茶目な年寄りは肝っ玉と順応性も人とちょっと違うのか。
「じゃがこれ重いぞ? ワシも魔法は得意で、浮遊や軽量化、重力制御を試したが、ビクともせんのじゃ。力自慢の冒険者も歯が立たんかった」
『そうですか。――気付いているかは分かりませんが、この大岩は魔封じの呪いが掛かっています。魔法は効果が大分軽減されたのでしょう。後者は単純に力不足です』
なかなかキツい事をズバリと言ったひいちゃん。星華は若干口許を引き攣らせたが、おじいさんはなるほどのう、と納得したように頷いた。
「じゃからエルフのワシでもダメじゃったのか。呪いは専門外じゃから分からんわい」
「……? エルフ?」
「うむ。ほれ、耳尖ってるじゃろ?」
さっと長めのハワイアンブルーの髪を掻き上げたおじいさん。その耳は、確かに普通より尖っていた。
おお、と目を丸くしまじまじと見る星華に、初めて見るのか、と訊ねた。コクコク頷く星華。
「そうか。エルフは大体人間より長生きでな、ワシももう五百を越えているのじゃよ。ああ、五百程度でこの見た目か、とはつっこまんでくれよ。しわしわなのは訳ありじゃ」
「五百でも凄く長生きですけど……」
「まあ人間からしたらそうなんじゃろうな。で、英雄とはちょっとした縁があってなあ。あやつがここのメーリル鳥の丸焼きが好きだと聞いてなあ……。特に、マルフェの秘伝のタレで焼いた物は最高だと言うもんで……うむ、ここを永住の地に選んだ」
「……丸焼き……」
知ってすぐに英雄に対するイメージが、ガラガラと音を立てて崩れた。取り敢えず、意外と普通の人だとは分かった。出来ればイメージ通りの高潔な人でいてほしかった。
おじいさんの訳あり事情とか、英雄との関係とか、ツッコミどころは満載ではあったが、そこには触れずにおいておく。初対面で、そんな深そうな部分に触れるほど、無遠慮にはなれなかった。気にならないと言えば、嘘になるが。
話が終わるまで律儀に待っていたひいちゃんは、二人を下がらせ、影手を六本出した。ゆらゆらと揺れるそれを伸ばし、岩に巻き付ける。
「ふむ、大丈夫なのか? 呪いが掛かっておるのじゃろう?」
『ご安心を。私は呪いに耐性がございますので』
ひいちゃんがぐっと力を入れると、岩がゆっくりとだがぐぐぐっと動いた。ちょっとずつ持ち上がっていく岩に歓声を上げた星華とおじいさん。
その様子を見ながら、星華はふと疑問に思った事をおじいさんに訊ねた。
「あの、魔法と呪いってどう違うんですか? 似たような物では?」
「む? ふむ……そうじゃな。一般人は一緒くたにしておるが、厳密には違う。冒険者なら知っておいて損はないのう」
おじいさんはちらりとひいちゃんを見てから、説明の時間くらいはあるかと話し始めた。どうやら、結構なお喋りさんらしい。
「魔法は、生活魔法から攻撃に治癒、防御と色々あるな。魔法については一般的に知られている物そのものじゃから、説明はいらんじゃろう」
「は、はあ」
常識なのか、と訊ねる事は出来ず、自分の中にある魔法のイメージを思い浮かべた。魔法と言ったら、火や水を自在に操り戦うイメージがある。そしてそれは概ね当たっている。
「呪いはの、厳密には呪い《フルーフ》と祈り《オラシオン》の二種類じゃな。直接的な攻撃は出来ないが、対象や己に影響を与える。冒険者にはあまり向かないし使える素質を持つ者も少ないが、あの大岩に掛かっている魔封じのように強力でな。もしかしたら魔法以上に幅広く色々出来るかもしれん」
「へえ。便利なんですね」
「うむ。じゃがまあ、呪術師とは魔法は簡単な物以外使えんからな。最低限の生活魔法が限界らしいし、苦労もあるらしいの。なかなかエグいものもあり、忌避され迫害される事も多いみたいじゃし」
確かに、イメージとしては呪いはあまり良くない。祈りは祝福と言った感じで良いイメージがあるが、呪いと言ったら悪い魔女が使う恐ろしい術を思い浮かべる。
呪術師は、なかなかに不運らしい。魔法もあまり使えなくなるなら、素質はあってほしくないな、と思いはたと思い出す。
(あれ……そういや私、さっき呪いに気付いてるっぽくなかったか?)
魔法が得意なエルフのおじいさんすら気付かなかった呪いに、何となくとは言え無知な星華が違和感を持ったなんて、良く考えなくてもそう言う事ではないか? 因みに、おじいさんからもちょっと変な気配を感じていたりする。
『終了しました』
嫌〜な考えに至った時、ひいちゃんが出ていた部分の倍は埋まっていたらしい巨大な大岩を持ち、依頼完了を告げた。
今更ながら種族と言えない種族だと言うのを思い出し、これは今日絶対問い詰めねばと、冷や汗を垂らした。
呪いと祈りのルビは適当に響きがよさげなのを拾ってきました。ドイツ語とスペイン語らしいっす。