02 愉快な仲間達
結果から言えば、星華は宿泊を断られた。
やはりと言うか、怪しい棺に乗った相手を泊めるのは渋られた。その上見た目は非常に高価そうで、盗人の心配もある。面倒事しか呼ばなさそうな存在は、いかに衛兵からの頼みとは言え受け入れられなかった。
あまり安価な宿に行っても治安が悪く、ひいちゃんは兎も角星華には酷だろうからと、結局広場の一角を借りた。横になっても、重力が一定に保たれているので中の星華に影響はない。 親切な衛兵にお礼を言い別れ、星華は一息吐いた。色々ありすぎて疲れたようで、一人になった途端急に眠気が襲ってきた。
『マスター、おねむですか?』
「んむう〜」
小さい子に対するような口調に若干唇を尖らせるも、すぐに大きな欠伸で不満は睡魔に押し潰された。
ふかふかのソファーに、膝を抱えてころんと転がれば、夢の住人が笑顔で手招きした。もう寝る。もう限界だ。悪いのは座り心地の良すぎるソファーだ!
『眠るなら、せめて中で寝てください』
ひいちゃんがそう言うと、くるんとソファーが回転した。ぱちりと目を開ければ、ぼんやりと明かりが点り扉が浮かび上がった。
ぱちぱちと目を瞬かせる星華は、ひいちゃんに促され扉の前に立つ。脱いだローファーも移動していた。
恐る恐る開けてみると、中の光が漏れ目を細めた。
「う、わあ……!」
眠気も忘れ、星華は目を丸くし驚いた。中は、部屋になっていた。
まずは玄関。その先に広がるのは、恐らくリビング。かなり大きそうだ。
靴を脱ぎスリッパは履かず中に入る。やはりかなり広く、ふかふかの絨毯が敷かれソファーとテーブルがある。ひいちゃん曰く、冬になったら炬燵も出してくれるらしい。
何より目を引くのは、入り口から向かって左側にある、天井を覆うように枝が広がった木。壁に半ばめり込むように、同化しているように生えていて、薄い色のつるつるした幹には顔のような模様がある。瘤は丸い鼻のようで、今は目を閉じ微笑んでいるようだ。
その童話に出てきそうな木を見つめていると、突然目と思わしきそれがゆっくり開いた。
ギョッと、二つの楕円形の木の虚を見つめる。虚はぱちりと瞬きし、ゆっくり三日月形になった。滑らかな動きは、恐ろしさよりコミカルさを、にっこりとした笑顔は得体の知れなさより親しみを感じさせる。
「やあ星華! やっとこっちに来てくれたね! 待ちくたびれて欠伸が出てしまいそうだったよ!」
「ひうっ!?」
丸い鼻の下にある口らしきところも虚で、パクパク動きながら喋った。ビクッと肩を揺らし後退り、木の顔を凝視する。案外若い、まだ少年のような声だった。
星華が驚いているのに気付いたのか、ひいちゃんの声が降ってきた。
『きい坊、マスターは記憶を失っているのです。突然話し掛けたら驚くでしょう』
「ひい姐さん、そうだったね! でもでも星華はいつだって星華に変わりないよ! 可愛い可愛いボク達の主様さ!」
『それはそうですが。……はぁ。マスター、失礼しました。これは食担当のきい坊です。きい坊と呼んでやってください』
ぽかーんとする星華は若干置いてきぼり。食担当、と言われてもよく分からない。自己紹介に、きい坊もくるくる変わる表情で妙に芝居がかった口調でよろしくと言った。
そんなきい坊に、ふっと星華も肩から力を抜き、恐る恐る話し掛けた。
「えっと……きい坊? 聞いてもいい?」
「何だい星華! 君だったらボクの枝・幹・根のスリーサイズだって教えちゃうよ! 上から―」
「え……あ、いや、それは気になるけどそうじゃなくて、食担当ってどういう意味…?」
木のスリーサイズも気になるところではあるが、そっちよりもこれが気になる。自分とのテンションの違いに若干引け腰の星華に、きい坊はぱあっと更に顔を輝かせ、一本の枝をわさわさ揺らし星華の前に垂らした。
「ボクが得意なのは、どんな食材も料理も実らせる事! 爺様から引き継いだ素晴らしい特性さ! これで星華の胃袋をガッチリ掴んでいるんだよ!」
そう言いながら、枝に蕾をつけ、花を咲かせ、散って、ぷくっと膨らみ、実が生った。艶々とした大粒のルビーのようなさくらんぼ。早送りで間近で見たそれに、おおっ、と感嘆の声を上げた。
「さあ手を出してごらん」
「えっ、あ」
言われるがまま手を出せば、ぷつんとさくらんぼが切り落とされ慌ててキャッチする。
「食べてごらんよ! ボクの果実は最高だよ!」
にこにこ笑うきい坊に促され、僅かに逡巡するも、ぱくっと口に入れた。大きい飴玉を含んだように頬を膨らませ、ぷつんと軸を取り租借する。
「ん、んんっ……!?」
肉厚でジューシーな果肉。噛む度に果汁が溢れ、甘味と酸味の黄金比が口一杯に広がる。キラキラと目を輝かせる星華は、あまりの美味しさに自然と笑みを浮かべ頬を押さえた。
「ん〜っ! おいひいっ!」
「でしょ? ボクの果実は最高だからね! さあ、軸と種をボクの口におくれ。命の欠片はボクの糧でもあるんだ」
あーん、と口を開けるきい坊に急かされ、持っていた軸と吐き出した種をひょいっと入れた。もぐもぐと漫画のように租借するきい坊。星華はきょとんと首を傾げた。それを見て、ひいちゃんが説明してくれる。
『きい坊にとって、食べ残しや体液は栄養となります。命の一部ですし、今で言えば種はまさに命そのものでしょう。きい坊が生み出した物なので、還元または反芻と言ってもいいですね』
「ふへえ〜…」
感心したように返答する星華は、その辺の事情も忘れている。ひいちゃん達は、星華の魔力的なモノをエネルギー、栄養としている。ああいった物質を糧とするのは、星華への負担を多少でも和らげるためだ。因みに、ひいちゃんはゴミや排泄物など生活で出た廃棄物を糧に変換している。
「そうだ星華、お腹は空いてないかい? 何でも言ってごらん! 何だって実らせるよ!」
そう言われ、思い出したように鳴ったお腹を押さえた。急にお腹が空いてきた。眠気も、今は食欲に負けている。
何でも、と言うが、自分の好物すら分からないので、おまかせにする。
「おまかせ? ふふふっ、なら星華が好きな物にしようか!」
そう楽しそうに言ったきい坊は、枝を三本揺らし、でっぷりと太った帽子のないドングリのような形の実をつけた。三十センチくらいの木の実は、横から見るとツートンカラーなのが分かった。内一つは平べったい。
『濃い方を下にして、ヘタのところにある出っ張りを掴んで開けてみてください』
「あ、開ける?」
実を抱えた星華は、それをゴロゴロとテーブルに転がした。平らになってるのか意外に安定するそれの薄い方を、言われた通りに上に持ち上げ開けた。蓋のように開いたそれは実際蓋そのもので、中からはほかほかと湯気の立つ真っ白なぴかぴか光る炊きたてのご飯が現れた。
「え、えぇ〜……」
驚きしかなかった。寧ろちょっと引いた。木のような質感だったそれは丸きり器になり、他のも開けてみるとコーンポタージュとハンバーグプレートだった。勿論出来立て。
逆さにしたり転がしたりしたのに、寄ってもいない。不思議すぎるが、ひいちゃんときい坊自体が不思議なので割とすぐ立ち直った。耐性がついてきたらしい。
黒い波がざわざわと床を移動し、そこから生えていた腕が持ってきたお盆にお箸とスプーン、メロンソーダが乗っていた。どう見てもファミレスのセットだが、気にせずいただきますと食べ始めた。
じゅうじゅう音を立てるハンバーグは肉汁がじゅわっと溢れ、食欲をそそる匂いのニンニクのきいたソースを絡めはむっと一口。かなり熱かったが、熱さなんて上回る美味さにうっとり。はふはふしながら白飯も大きな一口。
「ん、ま……!」
「ふふふっ、でしょ? 流石ボク、星華の胃袋を掴んでいるね!」
コーンポタージュもとろとろ滑らかで、最高に美味しい。付け合わせのコーンと皮付きフライドポテトをソースに絡めて食べるのも素敵な組み合わせ。付け合わせはマッシュポテトの時もあるが、今日はフライドポテトで、ホクホク感に幸せな気持ちになった。
ご飯はおかわりまでしてしまった。食事中、行儀が悪いとは分かったが、とある質問をした。
「このメロンソーダもきい坊が? それに、あの林檎ジュースの林檎は私が育てたって言ってなかった?」
「メロンソーダはボクの樹液さ! コーラもお酒も何でも出すよ! ホットもアイスもね!」
『林檎もきい坊に実った物ですが、株分けされたきい坊を育てたのはマスターなので間違っていません』
飲み物は樹液らしい。ぺりぺりと裂けた幹からシュワシュワと溢れ出したコーラを、すかさずひいちゃんがコップで受け止める。裂け目はすぐ塞がった。
きい坊を育てたのが自分だと言われたが、そこで浮上するのは、きい坊を株分けしてくれたと言う相手。訊ねてみると、あのひいちゃんが少し言い淀んだ。
『そうですね……まあ、はい。変わった方です』
「変わった?」
『ええ。迷子になった使い魔をマスターが保護していて、そのお礼にと私達が贈られました』
「ボクは爺様から株分けされて、ひい姐さんもお母さんって言っていいのかな? あの人の棺の……分体? 何だって」
『まあ、そうですね。あの方と母には逆らえません。詳しくは知りませんが、多分もう会う事もないので気にしなくてよろしいかと』
「へえ〜……何か、よく分かんないけど、凄い人なんだねえ」
『はい。ああ、今はもう別室で休んでいる衣担当のお鶴嬢も同じですよ』
因みに住担当は私です、と言ったひいちゃんに分かってるんだか分かってないんだか不明な曖昧な返事を返す。食べたら眠くなったらしい。
うとうとする星華に、ひいちゃんは優しく声を掛ける。
『眠って構いませんよ。ベッドに運んでおきますから』
「ん〜……」
優しい声に誘われるがまま、星華はそのまま眠りに就いた。
黒い影手が、片付けをしたり星華を着替えさせたり、リビングにある複数のドアの内白いドアのベッドルームに運び大きなベッドに寝かせたりと、忙しく働いた。
こうして、不思議に満ちた、だが危険とは程遠かった一日を終えた。