雨戸
ある日の夜の出来事だった。
何故かその日だけ女の家は雨戸も閉めず
無防備な状態で静かな夜が過ぎようとしていた。
女は、早めに風呂に入り本を読み
ちょうど11時くらいだっただろう、
加湿器の水がなくなったので
水を入れようとして階段を下りたその時だった。
ガラスが割れるような音がした。
時が一瞬止まった。
振り返ると、目があった。
見知らぬ男らしき人物、顔にはマスクをつけて
手にはハンマーのような鈍器。
ガラスの破片が飛び散っていた。
思考停止。
動いたのは男の方が早かった。
鈍器を振りかざし襲ってきたのだ。
女は容器を投げ捨てひらりとかわした。
戸が壊れる音が背後に聞こえた。
体制を立て直して、改めて走ってくる男に
恐怖心など抱かなかった。
いや、抱く暇などなかった。
自分の防衛本能だけで動いていた。
訳も分からず男の鈍器を奪い取り殴った。
苦しみ逃げようとする男を逃がしはしなかった。
女の中で、何かが壊れる音がした。
そこには破壊衝動だけが存在した。
――――コイツヲ、ドウクルシメヨウカ。
脳内に響き渡る。
それは悪魔の囁きだった。
女は、もはや人間ではない。
女の形をした〝何か〟だった。
思うままに鈍器を振るう。
苦しみに溢れる悲痛な叫び声等、
最良のスパイスでしかなかった。
膝の皿を割り、手を潰す。
逆手にして肩を脱臼させた。
その度に叫ぶ男。
女は不敵な笑みを浮かべた
「さよなら、お元気で。」
嫌な破壊音が部屋中に広がる。
そこで、ハッと我に返った。
目の前には無惨に血だらけの
死体がひとつ、転がっていた。
助かる余地等ないだろう。
女は全てを悟った。
発狂した。
自分が何をしたのか。
自分の中に存在する〝何か〟。
女は崩れ落ちた。
涙なんか流せなかった。
女の精神は崩壊し、虚無感だけの人形になった。
後日、女は出頭した。
何日も放置された死体が回収され、
凶器となった鈍器も見つかった。
連日ニュースに取り上げられ、
やがて女は捕まり死刑になった。
その発端が被害者の泥棒だなんて誰も知る由もないだろう。
閉められなかった雨戸を除いては。
夜にふっと思いついたところから
想像を広げて書いたものです。
お読みいただきありがとうございました。
4月2日、悠月香夏子。