命の価値観
連載を考慮して書いていましたが、どうも長くする話じゃないと、短編に変更しました。
生きていても何の価値も持たない命。そんな命があるのかどうかわからないけど、僕の命はきっと必要がない。だからと言って、自殺をしようとは思わないんだけど。
朝起きて夜寝るまで、僕は日の光を浴びる事は殆どない。今年で28になるのに、部屋から離れられない。理由は簡単だ。世間が、世界が、社会が、僕を認めようとしないからだ。だから部屋に篭っていて良いという訳ではないが、母さんが何も言わないから、別にいいんだ。
そして、また昨日と酷似した今日が始まる。
10:00
一日の始まりは、朝。当たり前だと言われるかもしれないけど、僕の一日の始まりは朝だ。アラームの音と共に目を醒ました。親に買って貰ったウォーターベッド。そこから、ゆっくり床に降りると、大きく伸びをしてから、服を着る。寝る時は、裸。それが、僕の当たり前。夏は、冷水ベッドで涼しく。冬は、温水ベッドで気持ち良く寝る。
衣類を着たら、部屋の入口に付いたベルを3回鳴らす。このベルは、合図のベル。1回鳴らすと、欲しい物があるという事。2回鳴らすと、風呂の用意をして欲しいという事。3回鳴らすと、お腹が空いたという事。だから今回のベルは、『起きたから朝食の用意を』という事になる。
暫く待つと、ドアの隣の特別小型昇降機が、チンッと音をたてた。中を確認する。蓋の付いた茶碗と、お椀。そして、肉汁を飛び散らすステーキが置かれている。僕は昇降機の中から、一つずつそれらを取り出すと、食卓用のテーブルの上に並べて置き、昇降機の中にコーラと書いた紙を入れ、昇降機の扉を閉める。それほど時間もかからず、昇降機が再度上がって来ると、中には500mlのコーラのペットボトルが置かれていた。
10:21
朝食の用意が出来たところで、静かに食事をとる。茶碗の中には、適度のライス。お椀の中には、味噌汁が入っていた。肉は少し硬く、焼きすぎにも思えたが、まずは空腹を満たす事が先決なので、黙々と食べ続ける。食事が終わると、備え付けられている紙に、【45点。肉が硬い。味噌汁とコーラは合わない】と書き、全ての食器と共に昇降機に入れた。
10:57
朝食を終えると、机に向かい本を開く。本のタイトルは、《無駄な人生を価値のあるものに変える方法 54》だ。全て揃えると、100巻もある本なのだが、今は54巻の途中なんだ。一日に読むスピードは、きっと他人より遅いが、出来るだけ急いで読むように心掛けている。朝食から昼食までの間に、5ページ程だ。
12:27
昼食時間が近付いたが、まずはトイレに行く。部屋のドアを開けると、そこには6畳一間のトイレがある。そのだだっ広いトイレの中で用をたすと、手を洗いエアータオルで手を乾かしてから、部屋に戻った。そのまま、ベルを3回鳴らす。暫く待って、昇降機が動かないので、もう一度3回ベルを鳴らし、荒立たしくベルを置いた。途端に下の階の様子が慌ただしくなる。そして昇降機が、チンッと音をたてて止まると、その中を確認した。大きめの皿に山形に盛られたライス。大量のキャベツの千切りに添えられた、キツネ色に揚がった唐揚げ。ベジタブルミックスが、浮かんだコンソメスープ。
「ふむ」
思わず声が出たが、気にせず中の皿を取り出す。そして、【塩・胡椒・オレンジジュース】と書いた紙を代わりに入れ、扉を閉める。程なくして、塩胡椒とオレンジジュースが到着。
『チッ! 塩胡椒って書いたかよ!』
【塩・胡椒】と走り書きし、塩胡椒と共に再度昇降機へ入れ、扉を閉める。暫くして、塩と胡椒が別々の小ビンに分けられて到着した。ついでに、【お詫び】と書かれた紙を貼付け、保冷容器の中にドライアイスと共にバニラアイスが入っていた。
『ふん。気を使っているつもりか』
12:41
食卓に並べた昼食を、ゆっくりと優雅に食べる。どうせ、夕食までの間にする事なんて、特に無いからだ。食事を済ませると、朝同様、添えられた紙に【22点。塩は、ライス用。胡椒は、唐揚げ用。唐揚げにジューシー感が無い。キャベツの千切り多過ぎ。しかもドレッシングも無い。お詫びのアイスが少し溶けていた】と書いて、食器と共に昇降機の中へ片付けた。
『さて、続きでも読みますか』
13:37
机に向かい椅子に腰掛けると、栞を挟んでおいたページを開く。そして、また朝と同じように本を読み始めた。この本、作者の人の体験談が綴られていて、ダメダメ人間だったこの人が、一般の社会人になるまでの歴史的ドラマ構成となっている。
14:53
トイレの時間だ。トイレの時間と呼称すると、語弊があるかもしれないが、そろそろ間食の時間になる。その前に、トイレを済ませておこうというわけだ。
用をたし、部屋へ戻ってくると同時に、昇降機がチンッと音をたてて止まった。中を見る。小さなプリンが、皿の上で震えている。その怯えたプリンを取り出すと、紙に【足りない】と書いて昇降機へ入れる。追加の間食を待つ間に、怯えるプリンにスプーンを投入する。プルプルと身を震わせるプリンの、そのカラメル部分の1/3をスプーンで削り取ると口へ運ぶ。怯えるプリンは、己の身体が無くなる事への恐怖から、更に身を震わせる。そんなプリンへの追撃を仕掛ける。切り離したカラメルの下部分に、スプーンを入れ、そのまま口へ。恐怖に戦いたプリンは、震えすぎの身体が原因で、皿の上に崩れ落ちた。そんなプリンを蹂躙するかの如く、僕は口へと一口一口堪能しながら、食べていった。
15:12
チンッ 昇降機が止まった。昇降機の中を見ると、シャーベット状にほどよく固まったヨーグルトが、小さな器に盛られている。リアクションをみせないヨーグルトでは、妄想の世界に入る事も出来ず、そのまま食べるだけだった。
【市販の製品に点数は不粋】と書いて、器と共に昇降機に入れ、扉を閉めた。
15:28
再び読書を再開。ここまででわかるかもしれないけど、僕はこの本に書かれている事に、逆行している。《無駄な人生を価値のあるものに変える方法》だって? そんな事は、しなくていい。僕の命なんて、生きていても何の価値も持たない必要のない命。世間が、社会が、世界が、認めないしない命など、価値がないに決まっている。しかし、この無駄な命の為に、母さんは日々努力する。僕のために、何かがしたいならさせてやろう! それが、あなたの生き甲斐だと言うのならば。そうして僕は本を読む。決して行ってはならない事を学ぶために。
18:09
ベルを3回鳴らす。腹が減った。夕食だ。時間は、ほぼ毎日決まっているのだから、下ではわかっている筈だ。だから、少しの時間待つと、ほら昇降機がやってくる。中を確認すると、今日初めてのトースト2枚と、ジャム各種。そして湯気をあげたココアが、カップと水筒に入れられ置かれている。僕の夕食は、皆の朝食みたいだろ? しかし、殆ど動かない僕にとって、夕食の多量摂取は、確実に肥満の素だからね。これでも気をつけているのさ。
2枚のトーストをそれぞれ半分にすると、4枚になったトーストに別々の味のジャムを塗る。それらをゆっくり噛みながら食べていく。時々、ココアをすすりながら。食べ終えると各食同じく、【84点。大好きなジャムが無い。ベーコンくらい欲しかった。ココア多い】と書いて、昇降機に片付けた。
18:31
風呂の時間だ! ベルを2回鳴らす。暫く待って、部屋のドアを開ける。と、そこにトイレはなく、浴室が広がっている。上手くできた装置だろ? 隣の部屋そのものが、エレベーターなんだ。僕専用のね。
浴室に入ると、まず、ハンガーに掛かった明日の服を部屋へと移動させる。そして、浴室で全裸になると、ゆったりと風呂を堪能してから、歯も磨き、浴室内で身体を拭いてから部屋へと戻る。もうここから、明日の朝までは何も着用しない。
風呂から出て最初にする事……は、ベルを1回鳴らす事。すぐに空の昇降機が上がってくる。【水道水じゃない水】と書いて閉めると、すぐに市販のミネラルウォーターが上がってきた。
髪を乾かしている間、ぼ〜としながら、ミネラルウォーターを飲む。ミネラルウォーターを飲み終える頃には、僕の短髪は既に乾いている。そうして、僕はウォーターベッドで、ゆらゆら浮いて眠りに堕ちて……いく。のさ。
19:57
就寝。そして、また明日も、酷似した一日が幕を開ける。
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彼は、中 力君。28歳。身長154cm、体重79kg。で、大〇大学理工学部大学院にて、博士号の資格を取得後、卒業するも、不況と就職難の波に抗うことが出来ず、転がり落ちるようにして、引きこもりへと転身。これは、そんなどうでもよい男の物語。
はたして、続きはあるのであろうか……。
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