大義のために悪役令嬢を犠牲にした正ヒロインは、幸せを選べない
私が小説の中の「ピンク髪に水色の目をもつ美少女シャルロット」に転生して、早半年。
光魔法が使える国家レベルのレアキャラで、平民なのにあれよあれよという間に「本来は強い魔力をもつ貴族しか入学できない魔法学園」に入学し、ハイスぺ男女が選抜される生徒会に入れられ、生徒会長である王太子とお近づきになった。
ここまでは小説の流れ通り。
このあと私は、王太子の婚約者である悪役令嬢クリスティアーネ様に嫉妬され、殺人未遂まがいの嫌がらせを受ける。
そして池に突き落とされた私が溺死する寸前、王太子は「シャルロットを失いたくない」という想いにより、伝説級の「極炎魔法」を覚醒。
極炎魔法はこのあと侵攻してくるモンスターに対抗できる唯一の魔法。極炎魔法で戦う王太子を、私が光魔法で後方支援し、モンスターをばったばったとなぎ倒してハピエン。
――というのが原作の筋書きなのだが。
どう考えても、クリスティアーネ様の様子がおかしい。
優しすぎる。
クリスティアーネ様も生徒会メンバーなのでよくお会いするのだが、嫌がらせどころか嫌味すら言われたことがない。
貴族のマナーに不慣れな私を優しく指導してくださったり、私が他の生徒に「平民のくせにどーたらこーたら」なんて言われてたら庇ってくださったり。お茶会にもよく誘ってくれて、クリスティアーネ様つながりでお友達までできちゃって。
しかも王太子とはラブラブで、私のつけ入る隙など皆無。
どう考えても、小説の登場人物だったクリスティアーネ様ではないのだが…
だけど転生者にしては「モンスターの襲来に備えて何かしておかなくては」みたいな挙動も見られない。
もしかして、たまに異世界モノで見るギミックで、ヒロインが相手じゃなくても「誰か」との間に「真実の愛」的なものがあれば、王太子は覚醒できるのだろうか。
そして、王太子はすでにクリスティアーネ様のおかげで覚醒しているとか?
そう考えたら、超絶美人のハイスぺ令嬢に優しくされて仲良くできてるこの状況は、ただの至福。王太子は確かにかっこいいけど、相思相愛のクリスティアーネ様を押しのけてまで結婚したいとは思わないし。
普通に学園を卒業して、のんびり光魔法で人助けしながら生きていけるのかもしれない。
――なんて、気楽に考えていたのだけれど。
◆
「そういうの、やめてもらえます?」
私を裏庭に呼び出したクリスティアーネ様は、そう言った。
「このままだと王太子が極炎魔法に覚醒しないままです。モンスター襲来は確定ですから、誰もモンスターを止められなくなって、この世界の人間が全員死にますよ」
「え…え、クリスティアーネ様…?」
「悪役令嬢が悪役令嬢なら、ヒロインもヒロインですね。与えられた役をこなそうともしないで」
…違う。彼女はクリスティアーネ様のようで、クリスティアーネ様ではない。
「この世界には”悪役令嬢が相手でも、真実の愛さえあれば王太子は覚醒できちゃう♡”とかいう設定はありませんからね」
「お…おお…ちょっと期待してたんですが…」
「不確実なことを期待しないでください。そういう希望的観測で転生者が好き勝手した世界は、ほとんどが滅していますので。原作に逆らってもどうにかなるとか、安易に思わないでほしいですね」
「…すいません」
「異世界モノの読みすぎです。ああいうのはAVと同じで、ファンタジーなんですよ。そのせいで勘違い転生者が増えて…”悪役令嬢なのに溺愛されて困ってます♡”とか、本当に困りますから」
事務的でてきぱきしていて「異世界モノ」とか「AV」とか言うし…
「誰…?」
「強制力の執行者、とでも言いましょうか」
少し首をかしげながら、その人は言う。
「クリスティアーネがこの作品を知らないで転生してきたせいで物語が回っていないので、状況を改善するために作動しました。あなたは作品を知ってるようですし、このまま残ってください」
「は…はあ…」
「私がクリスティアーネとしてあなたを虐めます。あなたはヒロインチートで死なないので安心して虐められてください。断罪のリミットまで時間がないので、巻きでいきますからね」
「え、あの…」
聞きたいことはいっぱいあるはずなのに、質問する間もなく私は手足をぐるぐる巻きにされて、ふわりと身体を持ち上げられ、裏庭の木に吊るされる。
「う…嘘でしょ…!?」
「クリスティアーネの風魔法なら簡単にできる嫌がらせですから、王太子が疑いをもつには十分かと。あと、あなたの教科書やノートはどこにありますか?」
「寮の本棚に…」
「じゃあ、引き裂かせていただきますね。証拠として髪の毛を数本落としていきますので掃除しないように」
「いや待って、明日からテスト週間…!!しかも私、潔癖なのにぃいいい!」
「いい声のボリュームですが、まだ早い。私があの角を曲がってから、助けを呼んでください」
虐めはハイスピードで順調に行われ、王太子はまるで強制力とやらに操られているかのように、クリスティアーネ様への疑念を深めていった。
私は王太子から何を聞かれても俯くだけ。
「何も言わずに唇を噛むだけで、ヒロインの健気さが王太子に伝わり、庇護欲が刺激されて好感度がアップします」という”執行者”の言葉通りに、王太子は私に優しくなり、そばに置くようになった。
私が元のクリスティアーネ様への罪悪感から距離を取ろうとするのも、いい感じの「じれ」になっているようだ。
そして、貴族学園内にある池のほとり。
「ここまでお疲れさまでした。ついに虐めタームのメインイベントです。あなたはヒロインチートで死にませんから安心してください。死ぬほど苦しいですけど」
「あの、これって王太子の覚醒に本当に必要なんですよね」
「これが一番効率的な実装です」
小さい声でそう言ってから、彼女は声を張り上げる。
「シャルロット…あなたが憎い…っ!!あなたさえいなければ殿下は私のものだったのに…っ!!!死んでちょうだい…っ」
風魔法で自分の身体が持ち上げられ、池の中央部の上空まで運ばれ、落とされる。
「きゃああああ!!」
どぼんという大きな音と、池の底に引き込まれていくような感覚。制服が水を吸って身体に張り付き、腕も脚もうまく動かせない。
苦しくて苦しくて、本当にもう死ぬかもしれないと思ったとき、誰かに抱えられて、池の水がすべて消えて、息ができるようになる。極炎魔法で蒸発したんだ。
王太子が、私への愛によって覚醒した。
「シャルロット…!ああ、よかった…」
そうだ、これでよかった。
これでこの世界は救われるんだから。
クリスティアーネ様の顔をした執行者が、無表情でじいっと私たちを見つめていた。
◆
強制力のせいか、王太子は流れるようにクリスティアーネ様を断罪した。
「クリスティアーネ、シャルロットを池に落としたのは君だな」
騒ぎを知って集まってきた生徒たちがざわめく。
「聖女のようなクリスティアーネ様が、あんなに可愛がっていたシャルロットを?」
「でもほら、最近のクリスティアーネ様ってちょっと…あれじゃなかった?」
視線が一斉に執行者へ向けられる。
彼女はみんなの視線を集めてから、ほんの少しだけ、苦しそうに口元を歪めた。追い詰められた悪役の表情。
「現行犯ですから…仕方ありませんわね。ええ、私がやりました」
「なぜだ」
「おわかりにならないのですか?殿下が平民をおそばに置き、婚約者である私をないがしろにされるからですわ」
「違う…!私は君を大切にしていた!私は優しい君のことが本当に好きだったのに…愛していたのに…!私とシャルロットの仲を邪推して、変わってしまったのは君だ…!」
表面上で起こっていることは、全部王太子の言う通り。
だけど、私と王太子が知ってるクリスティアーネ様は、彼を裏切ってない。
そう知ってるのに。今ここにいない、あの優しいクリスティアーネ様が大好きなのに。
私は何も言えない。
だってここで私が感情に任せてぶっちゃけてしまったら、世界を守れないから。
どれだけ彼女への罪悪感で心が痛んでも、この世界を守るためには、ヒロイン役としてやりきらないと。家族も友達も、ここで生きているんだから。
唇を噛むと、王太子が「辛かったな、シャルロット」と肩を抱いてくれる。
違う、虐められたことが辛いんじゃない。
「殿下…クリスティアーネ様は反省していると思いますし、私も身の程をわきまえず殿下に近づきすぎて悪かったと思います。だからどうか大事には…」
「だめだ。君を殺そうとしたんだぞ」
「でも…」
「だめだ」
そうやって、強制力に乗っ取られたクリスティアーネ様は、原作通りに修道院に送られた。
「断罪、本当に必要だったんですか。王太子は覚醒したんだから、断罪されなくてもよくないですか」
「クリスティアーネがここに残っていると、バグが起こりかねません。魔物討伐タームで動きやすいように、不要な人物は排除してクリアな状態にしておかないと」
「でもあなたはいなくなるんでしょう?だったら元の彼女が修道院で辛い生活を送ることになるじゃないですか。悪いことなんて、何もしてないのに」
クリスティアーネ様の顔をした執行者は、ちょっと首をかしげた。
「それの何が問題ですか?クリスティアーネは悪役令嬢としてこの世界にいるので、善人だろうが冤罪だろうが、何も問題ありません。そもそも役割を果たさない彼女が悪いので」
「あんなに優しい人に対して、あまりに冷たすぎませんか!?勝手に似合わない役割に転生させておいて…」
「転生はランダムに起こりますので、そのクレームはお受けできかねます。あと、こういうのは感情ではなく効率の問題なんですよ」
「どういう意味…」
「知ったところで、どうしようもありません」
ふいっと執行者は馬車の中で前を向く。もう話す気はないらしい。
「原作が終わったあとなら、何でもあなたのご自由に」
◆
断罪イベントを終えた私と王太子は、極炎魔法と光魔法で迫りくるモンスターを撃退し、英雄となる。そして平和を取り戻した世界で、王太子は私にプロポーズした。
原作は、王太子にプロポーズされた私が頬を赤らめて頷くシーンで終わる。
だから「結婚してほしい」と言われた私は、曖昧に俯き、十秒数えて顔を上げた。
「…もう原作は終わったよね」
「シャルロット、なんのことだ?」
私は王太子を見据える。
「殿下、クリスティアーネ様に会ってくださいませんか」
王太子のことを嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。
モンスターと戦うなかで、彼の強さや誠実さに惹かれた。時折見せる弱さすら愛しいと思った。できるならこのままそばにいたい。
だけど…
「なぜだ」
私がこの世界に来たころ憧れた、仲睦まじい二人の姿が、胸に焼き付いて離れない。
あの優しいクリスティアーネ様を犠牲にしたことも…二人を引き裂いたことも…
なかったことにはできない。
――この世界を救うための私の判断と行動が、間違っていなかったとしても。
「クリスティアーネ様が私を虐めたのは、彼女の身体が乗っ取られていたからなんです。あなたを覚醒させてこの世界を救うために、必要なことでした。そうならなければいけなかったから…そうなっただけなんです」
「君が何を言っているのか…」
「彼女は、この世界のために犠牲になったということです」
私はすっと王太子から離れる。
「殿下が愛した、あの優しいクリスティアーネ様が、戻ってきています。とにかく、どうか一度彼女にお会いになってください。それでももし殿下のお気持ちが変わらなければ、そのときにもう一度お話を」
「…わかった」
その後、修道院でどんな会話が交わされたのかは、聞かなかった。
王太子が地位を弟に譲って、修道院の近くで暮らすのを決めたことが、すべてを物語っていたから。
「君の傍にいられなくてすまない。ただ…ありがとう」
「…いいんです。これが…今できる精一杯の正しさです、きっと」
物語は正しく終わって、世界は救われた。
だけど――
役割を押しつけられた私たちはそれぞれに、地位や名誉や…大切な人を失った。
《感情ではなく効率の問題なんですよ》
その言葉が蘇って、ようやくわかった気がする。
この世界は、一人に犠牲を押し付けて他のみんなが幸せになる、残酷で効率的な世界。
だけどその悪役に選ばれたクリスティアーネ様は、優しい人だった。
そして私は、その人に犠牲を強いた自分を許せなかった。
――だからこそ私は、幸せを選べなかった。
「これでよかったんですか?もしかして、これすらも”設計”通りですか?」
そう空に向かって呟くと、「原作終了後は一切に関知しません」という事務的な声が返ってきたような気がした。




