社(やしろ)
――真っ直ぐな影、明らかな人工物。
「(電柱……)」
道はない、背丈ほどもある藪の先。プレートは見えない。だが確かに電柱がある。
何も考えていない。ただ確かめたい。
俺は両手を高い位置にあげ、草をかき分け進んだ。登り坂になっている。傾斜が徐々にきつくなる。密度の高い草木に押し戻されそうになる。
[ 亀の子 4左13右1 ]
見えた……見えてしまった。
この先に進めば。
鈴木さんが見た番号がある。
プレートがある。あの現場がある。
かもしれない。
[ 亀の子 4左13右2 ]
増えた……数字が増えた。絶対にある。
太い草の茎を折る。
前に進みにくい。
足で茎を倒す。肘で体を守る。
[ 亀の子 4左13右3 ]
あと7本…。
まだ先は見えない……でも電柱の影はある。
暗くなってきた。日が沈んだのだろう。
――その時。
遠くで何かが鳴っている。
サイレンのような農村に響く音。
『赤トンボ』
[ 亀の子 4左13右4 ]
子供は帰らなければいけない時間だ。
何度も何度も言われてきた。
「赤トンボ」が鳴ったらかえりなさい。
帰らないと……どうなる。
[ 亀の子 4左13右5 ]
[ 亀の子 4左13右6 ]
[ 亀の子 4左13右7 ]
[ 亀の子 4左13右8 ]
[ 亀の子 4左13右9 ]
こんなに進んで何があるんだ。
こんなところに人が住んでいるわけがない。
こんなに上ったところに。
道もないところに。
[ 亀の子 4左13右10 ]
向こうに影が見える……暗い、見えない。
いままで押し分けていた草木が急に低くなった。
広場?
広い……ひらけた。
だが周囲には森がある。
ここだけ、この広場だけ草が低い。
真ん中に建物があった、古い建物。
大きな縄がある。
扉がある。
横に電柱があった。
あれが多分「亀の子 4左13右11」なのだろう。
鈴木さん――ここだった、誘拐されて連れてこられた場所。
……お寺にも見えるし、神社にも見える。
だけど、俺の知識の中にはない形。
サラサラと葉がすれる森の音だけ。
誰もいない。何も感じない。
鍵は壊れていた。
両開きの扉を引き、正面から入った。
見た目より中は広い。だが何も見えない。
部屋の中は暗くて何も見えない。中から見えるのは窓の外だけ。
手に柱が触れた。建物の中央。
”「なんが、建物さ着いで、中に入れられだ後……柱に縛られで、口だけ塞がれで……置いで行かれだ」”
鈴木さんはそう言っていた。「柱に繋がれた」
柱に左手を付けたまま、一周する。半周したところで床についた足裏がずれた。
――何か踏んで滑った。
しばらく人がいた気配はないのに踏んだのは”生の感触”。
空気は乾いて感じるのに――生臭い。
――これは何だ。
ポケットを探り、スマホを取り出す。必死にスワイプして、電灯アプリをタップした。
それが照らしたのは、床とスニーカーとパンツの足首に、赤い液体。
まだ乾いていない……液体が鈍く明かりを反射した。
それを見ようスマホを近づけたところで柱に当てた手が滑り、バランスを崩して転んだ。
左手にプラスチックのような布のような感触。
手探りでつかんだ。
どろどろの液体で手が滑る。
――子供のシューズ……鈴木さんのズック!?
慌ててスマホのライトを当てると古いブリキュアの笑顔が見えた。
驚いたその拍子にスマホが手から落ち、ライトを下にして床を滑る。
窓の明かりしか見えない。
左の窓に電柱が見えた。
「亀の子……左13右11」
ガタッ
奥、壁の先で音がした。思わず息を止め、動きを止める。体を硬直させすべてを止めた。
「(…………!?)」
息をしてはいけない気がした。
落ちたスマホの輪郭が見える。1メートル先。
ガタッ……ギィッ……
ドッ
(――足音かもしれない)
ドッ
(――こっちに来るかもしれない)
ドッ
(――見つかったかもしれない)
床に飛び込むようにスマホを手にし、起き上がってた。
すぐに向きを変え、入ってきた方を照らし走った。
古い木造でやはり何の用途かわからないが、今はどうでもよかった。
赤いものを踏んだ方のスニーカーが滑るが、とにかく前のめりに走った。
――殺される。
後ろで物音が聞こえる!
草の低い広場を抜け、背の高い草木の下り坂に飛び込んだ。
草木が絡んで進むスピードが落ちる。だが気配はどんどん近づいてくる。
足を止めたら捕まる!
服が引っかかって取れなくなった。上着をそのまま脱ぎ捨てた。
傷だらけになりながら進んだ。腕を前に草を押しのけたその時、
砂利道に転んだ――痛!
だがすぐに顔を上げ、立ち上がった。
ひらけた道の夜空は明るく、道の脇に自転車が見えた。
急いで自転車に乗り、呼吸が苦しくなろうが全力で逃げた。
道はアスファルトになり、風の音以外何も聞こえなくなった。
何もない、何も追ってこない。
自転車を漕ぐのをやめる……惰性で進む……。
シャーという自転車のチェーンの音。
体の傷にしみる冷たい風。
[ 亀の子石線 3 ]
戻ってきた……三叉路の亀の子石。
――LIMEの着信音。
自転車を降りてスタンドを立てる。
今来た道を振り返りもう一度目を凝らす。大丈夫、もう大丈夫。
スマホを見た。LIMEに数件の新着履歴。
鈴木さんからだった。
『17:00 引っ越しは無事終わりましたか?良い子はお家に帰る時間ですよ。』
『17:02 右も左も分からないですけど、広島で頑張ります。飯田さんも頑張ってください』
『17:11 机を片づけてたら、丸い石が出てきたんですよ。昔拾った亀の子石の小石で、これ持ってると無事に家に帰れるんだって。私、持ってたから助かったのかな……(猫のスタンプ)』
俺はポケットを小石から出し、元あった場所にそっと置いた。
何故かはわからないけど、手を合わせた。
スニーカーと……
パンツと……
合わせた手には……濡れている血がついていた。
ポコン!
母『ごはん(スタンプ)』
初めてのホラーでした。ご精読ありがとうございました。感謝いたします。
他の作品にも目を向けていただけると幸せです。




