行方不明
小学三年生の夏休み。
突然消えてしまった二人の同級生。
一人は夏休みが始まってすぐ。
一人は夏休みの中ほど。
学校が夏休みだったこともあり、噂は噂以上の騒ぎにはならなかった。
ただ、「どこかへ行ったらしい」という不穏な空気だけが残った。
今考えると――どうして、あの時もっと怖がらなかったのか。それを疑問に思わなかったのか。
地元で同級生の女子が二人消えた。
だが今日、それが三人になっていたかもしれないと知った。
「鈴木さん……その血って……」
「誰のものかは、わがらないって言ってだ……ただ……」
「ただ?」
「ズボンについでから乾いだみたいだったって……言ってたと思う」
「じゃあ……その血……」
「そう見たい……だって……言ってた」
「鈴木さん。逃げるときは何も見てない……?」
「わからない……ただ怖くて、あまり覚えてない暗くて……」
「思い出さなくていいよ、嫌な思い出だろうし」
「亀の子」
「え……カメ……?」
「亀の子……左13右11」
「亀の子?」
「左13…右11…」
「みぎ?ひだり?って……?」
「よく覚えでないんだけど、逃げたくて必死に窓の外見た時、見えだ気がして」
「右とか左とか?」
「動転してで、何見だがもよぐ覚えでねんだけど、亀の子っていうのと、何故かその数字だげ記憶にある」
「なんだろね……それは何かの手がかりとして警察には?」
「ただ頭の中にあった記憶だから曖昧だし、誰かに喋った事はないけど……」
「そうなんだ……」
「その家の中に入る時にズック脱がされで、逃げる時、裸足だった。靴下履いでだけど。婆ちゃんに買ってもらったキャラクターのやつ」
「あの頃、小学校でキャラクターのシューズ流行ってたもんね」
「うん。あれ好ぎだったのに……ブリキュアのズック……」
その後は何を話して過ごしたのか、あまりよく覚えていない。
お互いゲームが好きな事。
今度対戦しようと約束したこと。
LIME交換した事。
配属先の予想と、引越しの心配の事。
それから、まだ終わらないねと何度もお互いスマートフォンで時間を見ていた事。
聞いた話や噂ではない。
被害者本人から聞いた誘拐事件の話の後では、どれも頭に入ってこなかった。
俺の頭の中では、行方不明になった同級生が誰だったか。当時何故それが大事にならなかったのか。それを思い出せなくて、ずっともやもやしていた。
ようやく定時になり、また明日といって皆、解散する。
明日は8時出勤の後、10時から各部署を見学する予定。その後は座学とまたレクリエーション。
しかしそんなのはもう大した事ではなかった。
俺は宿泊先のビジネスホテルから実家に電話した。
トゥルルル……トゥルルル……プッ
「ハイ!飯田です」
普段の会話よりトーンの高い声。
「お母さん、俺」
「なにー、大志か。どうしたの?研修終わった?ご飯食べたの?忘れ物?」
「いっぺんに色々言わないでって……」
「やっぱり何か忘れものした?」
「忘れてない、違うんだって」
「何、どうしたの」
「なぁ……うちの近くで、昔……誘拐とか、あった?」
「…………………」
「小学校の頃、誘拐事件あった?」
「……何で……どうしたの」
「どうしたのじゃなくて、誘拐事件、あったかどうか」
「あんたの同級生のあれ?」
「違うって、行方不明じゃなくて誘拐、誘拐事件あったのかって」
「……昔、あったみたいだよ……どうしてそんな事今聞くの?」
「ちょっとそういう話、聞いて……」
「今日? 研修で?」
「近所に鈴木って何軒かあるけど、俺と同い年の、孫がいる鈴木さんって昔いた?」
「……近所に鈴木、何軒もあるし?」
「俺と同い年の……夏休みだけ来てたみたい、孫。小三の時、夏休みに遊びに来てたって」
「…………」
「知らない?」
「鈴木さん……もしかして鈴木丈助さんかな。その頃亡くなってたけど。近所ではないよ。だいぶ遠いもの」
「それかも。お爺ちゃんの所に夏休み来てて、その後お爺ちゃん亡くなってからは来なくなったんだって」
「……じゃあ丈助さんだな」
「今日研修で鈴木さんっていう女の人と一緒になって、色々話したらたぶん丈助さんの孫らしいよ」
「……そうなんだ……名前は?」
「下の名前……聞いて無かったな。ちょっと待って」
俺はスマートフォンを耳から離し、通話したままLIMEの画面を開いて鈴木さんのプロフィールを開いた。
【鈴木 茜】
「もしもし?……鈴木、あかねだと思う」
「……茜ちゃんか」
「知ってるの?」
「……その子、誘拐された子だよ……」
「え、知ってたの?」
「うん、同級生の……三年生の時でしょ、夏休み」
「なんで教えてくれなかったの」
「何でって、そんな物騒な事件、子供に教えないでしょ」
「危ないから気をつけてとか、そういうのなかったの?」
「だから、暗くなって赤トンボの放送鳴ったらすぐ帰れって言ってたでしょ」
「だからあの頃、急に厳しく言うようになったの?」
「そうだよ。行方不明で一人いなくなって、そのあとすぐ誘拐あって……鈴木さんの茜ちゃんは逃げられたから良かったけど、その後もう一人行方不明になったでしょ」
……近くで、本当に。
「大事件じゃない……何で今まで教えてくれなかったの?」
「茜ちゃんと会社、一緒になったの?」
「うん。研修で一緒になった」
「茜ちゃん元気?」
「うん。今、背高くて美人だよ」
「……辛かったね……」
「じゃあ実際あった話なんだ……」
「うん。でも……犯人は見つかってない」
「同級生の行方不明と茜ちゃんの誘拐って同じ犯人なの?」
「犯人捕まってないからそれはわからない」
「行方不明の事件……やっぱり解決してないんだ?」
「……そうだよ。その家族もしばらくして、この場所にいるの嫌になって引っ越してしまって」
「……そうなんだ」
「あの時、田舎でそういう事件だったから割と大きい話題にはなったけど、
周りの誰が犯人かわからないから、近所でもその話はだんだんしなくなって、
子供たちには外で遊んでも5時には必ず帰れって言ってたんだよ」
「それでか……赤トンボの放送流れたらすぐ帰れって言ってたのか」
「そう……」
「とりあえず……本当にあった話なんだ……」
「……わからない……犯人捕まってないんだもの」
「まぁいいや、そっち帰るの金曜日だから。夕方……夜になるかな」
「土曜日に引越し業者くる?」
「うん、午後」
「それじゃ、箱に服詰めておくよ」
「はい、それじゃまた」
「はい」
プッ……。
母は知っていた。行方不明の事も、誘拐事件の事も。それはそうだ。行方不明は同じ小学校の女子二人。しかも同級生。夏休みで学校へは行っていなかったが、親へは学校から連絡はあっただろう。
しかし、誘拐事件の事を母から聞いたのはこれが初めてだ。今日聞かなければおそらくずっと知ることはなかっただろう。
それくらい普通に暮らしてきた場所。
――金曜日。
研修が終わった。俺は大阪。鈴木さんは広島に配属になった。
会社の各支社に数人ずつ新人が当てられた。
東京本社へはその中から選ばれたものが転勤になるのだそうだ。
簡単な懇親会のあと解散した。
配属先でまた新人の歓迎会があるそうだが、人が大勢集まってワイワイやるのはどうも苦手だ。
ノリの良さそうな大阪でうまくやっていけるか正直不安だった。
俺はすぐに予約していた新幹線で仙台へ向かった。
休む暇などなく、数日で引っ越しを終え住民票を移し生活の準備をしなければいけない。
会社が借り上げているアパートらしいが、行ってみるまで詳しい情報はなかった。
帰りの新幹線で新居となるアパートの住所を検索する。
ネットで地図写真を見る限りは古くはなさそうだ。
――気づくと、もう仙台に到着していた。




