新人研修
「飯田さんは出身どこなんですか?」
「宮城県です、仙台市」
俺は新人研修で今、東京に来ていた。仙台の大学を卒業し、春から社会人。
どこへ配属されるかはまだ決まっていない。
この一週間の研修の終わりに発表され、新人が各地へ散ってゆくのだそうだ。
話し下手の私は聞き手に回ることが多い。
この研修でもそうだ。
今はレクリエーションが終わり、お互いの親睦を深める半日のフリータイム。
それだというのに俺の周りには席がレクリエーションで一緒だった鈴木さんしかいない。
「鈴木さんはどこなんですか?」
「私は岩手です。盛岡」
鈴木さんはカットモデルのような毛先がきっちり揃った黒髪のショートカット。
丸いメガネが”モダン”という言葉を連想させる清潔感のある女性。
「え?近いじゃないですか」
「ですよね」
それに対して俺は”ザ就活”といったイメージが抜けきらない、冴えない大学生のようだ。
実際中身の俺自身もそんなもんだから、気にはしていない。
「鈴木さん、言葉が綺麗なんで、関東の人だと思ってました」
「そんなことないですよ。冷たい水とか『しゃっこい水』って言っちゃいます。父方のお爺ちゃんが仙台なんですよ」
「え?まじで?」
「はい、仙台の…泉の朴沢って所です。小さい頃は夏休みとか一週間くらい泊まったりしてました」
「まーじかー!俺、朴沢なんだよ!」
「え!すごい!なんか、勝手に親近感。あそこ住んでるんですか」
同じ場所にいた事がある。
不安な社会人への一歩、慣れない東京のど真ん中でこの偶然は、新社会人にとってほっこり出来る小さな奇跡だった。
「集会所の近くなんだけど、いま使われてない方の集会所ね」
「集会所はわからないけど……なんか家じゃない公共の建物は近くにあったような……」
「同い年で、夏休み遊びに来てたってことは、もしかしたら昔会ってたのかもしれないねー」
「ですよね。行ってたのは小学生まで。低学年の頃だけ。お爺ちゃんが亡くなった後は行かなくなってしまって」
「そうなんだー。じゃあさ、鈴木さんも夕方の放送が鳴ったら家から出るなとか言われた?」
「あの地域放送の赤トンボの歌ですよね。5時かな?6時でしたっけ?お爺ちゃんにもお婆ちゃんにも言われました。赤トンボ聞こえたら絶対帰ってこいって」
「やっぱり?俺が小学…3年の頃かな。クラスメイトが2人居なくなってさ。それからキツく言われるようになったんだよね」
「……居なくなった?」
「うん、行方不明」
鈴木さんが急に真顔になった。
「…………」
話し下手の俺は、相手が黙ると急に何も話題が思い浮かばなくなってしまった。
会話のキャッチボールはなんとか出来るが、こちらから投げかけるのがどうにも苦手だ。
「…………」
「…………」
気まずさに耐えられずスマートフォンを取り出し、時間を見る。
フリータイムは17:00まで。それまでは勤務時間とみなされるのでここを勝手に出る事はできない。
他の新人たちは数人でグループを作り騒がしく話をしている。俺から見たら十分陽キャな人達だ。
俺と鈴木さんだけが広い会議室の隅に二人だけ。俺はここを離れてあのグループに入り込む事だけは避けたかった。
何とか言葉を捻り出す。
「まだまだ長いですね。5時までどうやって過ごせば良いのか……」
鈴木さんは無表情のままだ。何か気に触るようなことを言ってしまったのだろうか。
「私……」
話し始めたことに少し驚いて、鈴木さんを見た。
「私……誘拐されたことあるんです」
口はほとんど動いていなかった。わずかに開いた唇から漏れた声。
「え……」
「誘拐されたこと……ある……」
「え……?」
「小学生のとき……」
俺は上手く相槌を打てない。
「夏休みに……朴沢で……」
「ぇ……」
驚きのため息が俺の口から漏れた。
「飯田さんの今の話聞いて思い出した……なんか嫌な思い出あったからもう行きたくないって思ってだけど……」
鈴木さんのイントネーションが東北訛りにもどっていた。
「お爺ちゃん死んだからじゃなくて、誘拐されだの怖がったからかもしれね……」
「……本当に?」
「うん……でも逃げで道路まで山降りできて、知らね人の家さ入って、助けでもらって……」
「うん……」
「その家の人さ名前しゃべったら、鈴木のお爺ちゃんの孫だべって……」
「うん……」
「それで助かったんだ……お爺ちゃんさ電話してもらって。今、思い出した」
鈴木さんは少しだけ指先が震えていた。自分でも忘れていた記憶。それを思い出して、改めて驚いている様子だった。
「嫌な事とか、怖い記憶って脳が忘れるようになってるってホントなんだね……ほんとうに忘れでだ……」
「鈴木さん……大丈夫?」
自分の家の周りでそんな事があったなんて。聞いたことがない。
何事もなくこれまで暮らしてきたのだから現実味がない。
行方不明で同級生が居なくなったのは知っていた。しかしそれはどこかへ家出でもしたのだと幼心に漠然と決めつけていた。
「本当に誘拐とかあったんだ……行方不明の同級生二人も誘拐……なのかな」
「夕方、赤トンボの放送が流れで……それでも田んぼでドジョウとタモロコとって遊んでだんです……」
「田んぼ歩いてると、泥がブワッと動いてそこにいるのわかるもんね」
「そう……それで虫取り網で、ドジョウいっぱい獲ってプラスチックの水槽に集めでだら、麦わら帽子被った人に声かけられで……」
「…………」
そこから先は聞きたくない話に繋がるだろうと身構えた。
「何獲ってらんだ?……って聞がれで……」
「…………」
「答えようど思って、顔あげだら……」
「…………」
「タオルみてぇなもので口塞がれで……」
「…………!」
「手おっきくて、タオルで目も隠されで……」
「…………!!」
「車さ乗せられだ……バタンて閉める音して……」
本当に誘拐された話を、その当事者から聞く事が、こんなにも胸にくるものだとは知らなかった。不安に締め付けられる。
俺が何事もなく暮らしてた場所で、誘拐があり、誘拐された本人がそれを目の前で告白している。
「その後、しばらくして車がら降ろされで……ずーっと歩がされだ……目も隠されで、タオル口さあるがら苦しくて苦しくて……」
俺はたまらず、先に聞いてしまった。その事件がちゃんと事件として処理されたのか。
「それ、鈴木さん小さい頃でしょ?警察には通報したの?」
「したけど……何も見でないはんで、なんもわがらなくて……小学生だったし……」
「そうだよね……でも……良かったね……」
何も良くない。まだ聞いてないだけ。
俺が聞きたくない、聞いたら耐えられない事があったのかもしれない。
「ガサガサって音してだし、結構登ったから山だと思う。ずっと葉っぱとか枝当だってたがら山奥っていうか、道ながった……」
鈴木さんは何故か話し続ける。思い出した事をそのまま吐き出すように。
「うん……」
「なんが、建物さ着いで、中に入れられだ後……柱に縛られで、口だけ塞がれで……置いで行かれだ」
「その人、鈴木さんを置いて居なくなったの?」
「うん……一人きりになって、すごぐ怖くて、もう夜で暗くて怖いし」
「その後……どうしたの?」
「凄ぐ怖くて、泣ぎながら暴れでだら紐緩んできて……取れだの……」
「……逃げた」
俺は聞きたかった答えを先に言っていた。何事もなく無事に逃げたと、鈴木さんの口から聞きたかった。
「うん。暗がったけど窓少し明るくて……お月様で外見えでだから……どこ開げだがわがらないけど、どこかの戸開いだがら走って逃げた……」
「よく無事で帰れたね……」
「登ってたのだげわがってだから、とにかく下さ降りでいって、見つからないように……。暗くて暗くて怖くて……お化け出るかと思ったし、さっきの人来るがもって怖いし……」
「本当何もなくてよかった……」
「うん。見つけだ家に入って、助けでもらった人に電話してもらって、お爺ちゃん迎えにきて……誘拐されだって怖くて何でか言えなくて、ただただ怖くて、ごめんなさいごめんなさいって泣いでだ感じする……」
「それは怖いよ……まだ小さいもん……」
「赤トンボの放送鳴ったのに遊んでてごめんなさいごめんなさいって……」
「家の近くで誘拐があったっていうのは今初めて知った……」
「私、何もながったがら今まで忘れでだけど、飯田さんから行方不明の話聞いで思い出した。自分が誘拐されだ事……」
「ごめんね、思い出させちゃって……その後は何もなかったの?」
「確か、次の日お爺ちゃんの家さ警察の人来て色々聞かれたんだけど、まだ小さかったからあんまり覚えでなくて……」
「そうだよね」
「ジャージのズボンの裾さ、血付いてたのだけ覚えでる」
「鈴木さん、逃げる時に怪我したの?」
「ううん、逃げるとぎ、枝引っかがっていっぱい細かい傷は作ったけど、
ズボンに血、ベッタリ着いでで……
……それ私の血じゃながったの」
「…………?」
……頭の中に浮かんだのは、行方不明の二人の同級生。




