鬼ごっこ
気持ち悪い。視界が黒い渦で染まるような感覚がした。
「いい天気なのに、」
8月の夏真っ盛り、とてつもない大きさの入道雲に比べ、幾分涼しい風が吹いていた。俺はただ一人友達の家へつながる道を歩いていたのだが、不快な感覚により立ち止まった。
「…」
しかし、すぐにその感覚も収まり歩き出す。今日はいつもつるんでいた4人組で今度でかける旅行の計画を立てようとしていたのだ。家につき、ドアノブに手をかけると、鍵は開いていた。
「いくら田舎でも危機感が足りんだろ」
とつぶやきながら家に入る。
「健!鍵はしめとけよ!」
「お前が来るから開けてたんだよ!」
2階から降ってきた怒鳴り声に、お前はいつもしめてないだろという文句を飲み込む。駆け足で階段を登り、健の部屋に入るともう集まっていた3人がだらしなくゲームをしていた。寝転んでいた洋介が画面を見ながらコントローラーを差し出す。
「今日は計画立てに集まったんじゃないんかい」
そう言いながらも3人に混ざってゲームをする。画面の見すぎでそろそろ目が痛くなってきた頃、誠也が起き上がり言った。
「喉乾いたんだけどコーラない?」
「冷蔵庫に入ってる」
「取りに行ってきて」
なんて傲慢なやつだ。そもそもコーラは更に喉が渇くだろ。
「陸人、お前も来い。一人は嫌だ」
健にそう言われ、一緒に階段を降りる。冷蔵庫から2リットルペットボトルのコーラを取り出している間に、俺は4人分のコップを出していた。
「どうせみんな口つけて飲むんだし、いらないんじゃない?」
そう振り返ると、健は冷蔵庫に手をかけたまま突っ立っていた。
「おーい」
そうやって肩に手を置こうとした瞬間、健が振り向いた。
「っ」
健の目がおかしかった。生きている感じのしない、死者の目をしていた。その時、ふと朝の不快感を思い出した。黒い渦が視界を奪う。目眩でふらついて来た時、唐突な喉の締付けで正気に戻ると、健が無表情で俺の首を絞めていた。
「あ ああ 」
声にもならない声で呼びかけるが、死んだ目は変わらない。無我夢中で手足を動かすと、腕が健の腹に見事にあたったらしく、それをチャンスに健の腕から逃れる。
「おい!何やってんだよ!」
俺はそう怒鳴るが、話し終わる前に、横にあった包丁を掴み飛びかかってきた。それを間一髪で避けると、机を挟んで距離を取った。
「おい、落ち着けって。ふざけてんだとしても流石に笑えんぞ」
そう言うも返事はない。心の奥底から感じたことのない恐怖が流れ込んでくる。ヤバい。これは何かがおかしい。そう思ってる隙に健は机に飛び乗り、おれの胸めがけ包丁を振り下ろそうとする。俺は反射的に机を思いっきり蹴った。すると健はバランスを崩し、机から落下した。包丁を抱きかかえるようにして。ドッという音がして健は動かなくなった。見たことのないほど鮮やかな赤が広が
る。
「なんなんだよ…」
どうすることもできず立ち尽くした。どれほどの時間が経っただろう。数秒にも数時間にも感じられた。突然脳が焼き切れるような痛みを感じた。脳が暗転していく。
ペットボトルのコーラとコップを3つ持って階段を上がっていく。部屋に入ると誠也が文句を言ってくる。
「遅えよお。迷ってた?」
「持ってきてもらった身で何を言うとるんじゃ」
そろそろゲームにも飽きてきたらしく、2人は思い思いに行きたい旅行先を調べていた。
「っぱ旅行といえば沖縄だろ」
「いっそのこと海外まで行っちゃう?」
「3人で海外に行くのは初めてだよな」
そういった瞬間、凄まじい違和感を感じた。3人…?いや、3人。高校生の頃からずっとこの3人で過ごしてきた。違和感を感じることなど一つもない。
「ハワイまで行っちゃう?」
調子に乗った洋介の声で我に返る。
「東南アジアもありだろ」
その後も話し続けたが、特に決まることはなくそのまま自分達の家に帰った。俺は家から出る瞬間思った。この家は誰の家だ?しかし、すぐに考えるのをやめた。なにか触れてはいけない領域な気がした。




