ひとくち百合 その2~運転席と助手席の、あなたとわたし~
フロントガラスの向こう側で街の灯りが薄く流れている。
行きつけの喫茶店が一緒だった、そんな些細な理由からは考えられないほど親密になった彼女との、幾度目かの逢瀬。或いは、逢瀬だと思っているのはわたしだけかもしれないけれど。
きっと本当は、助手席に座るのがわたしじゃなくても、彼女は同じようにハンドルを握るのだろう。そう思うだけで、胸が少し痛む。
こちらの気も知らないで、熟れた手つきでシフトレバーを操作する彼女は軽い調子で口を開く。
「このあと、どうする?」
運転席に座る見慣れた横顔のシルエット。表情を窺うにはこの街の夜は暗すぎた。
「……別に。特に、予定などは。」
「そう。じゃあ、ちょっとドライブに付き合ってよ。」
いっそのこと、ここで終わらせてくれればいいのに。そっけない返答に苛立つ素振りも見せずドライブを提案する態度に、まだ一緒に居たいと思ってくれているのだろうか、なんて、期待してしまう。
ウィンカーが点って、首都高の入り口が近づく。
減速も確認もない。合流はあまりに自然で、まるで最初からそうする予定だったみたいに。
速度が上がる。
ギアは、4速のまま。
「いつまで、4速のままで走るつもりなんですか?」
「……?」
「さっきから、随分とアクセルを踏み込んでいるのに。」
「ああ、まあ、確かにね。」
「ギアを上げないまま無理に引っ張ると、エンジンにも良くないですし……
ちゃんと、上げる前提で踏むもの、でしょう?」
「生憎、運転がそんなに上手くないもんでね。免許、形だけだからさ。」
形だけ。これほどこの人に相応しい言葉もないだろう。
同性にこんな感情を抱くなんて、少し前ならば想像すらできなかった。戸惑うわたしをさんざ口説いて誑かしておきながら、それでも肝心なことだけは決して口にしようとしない。
ハンドルに添えられた長い指を見る。指先に輝く黒塗りの爪は長く伸ばされている、不誠実の象徴。
嗚呼、やっぱり、こんなにもその気にさせておいて、わたしに手を出す気が無いのだ。
この人はいつもいつも、わたしを弄ぶだけ弄んで一番欲しいものは与えてくれない、そんな非道い女なのだ。
「とか、思ってるんだろうな……」
運転中の私からは見えないが、きっと助手席のあの娘は口を尖らせているのだろう。それが分かるくらいには、あの娘とは長い付き合いだ。
「何か言いました?」
「いや、何も?」
「嘘です。絶対何か言いましたよね?」
「言ってないってばぁ」
「……そういうことにしといてあげます。」
言えるはずがない。この格好も言動もそれっぽく纏っただけのフリで、直截的な言葉が無いのは、一向に一線を越えられないでいるのは。
ひとえに私が初心なだけ、なんて。
クラッチ、ギアを5速に入れる。
「もうとっくに、君に首ったけなんだけどなァ……」
思わず口に出してから、慌ててアクセルをいっぱいに踏む。エンジンの唸り声に溶けて、あの娘の耳に届いていなければいいのだけれど。
小っ恥ずかしい愛の言葉を囁くには、この街の夜は明るすぎる。
――fin.




