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第8話 紅蓮の境界線(セリナ視点)

 風が、灰を巻き上げていた。

 廃都ファランシアの空は低く、重い。

 雲の切れ間から射す光すら、どこか鈍く濁って見える。

 目の前には、七聖の先遣部隊。

 黒装束の魔導兵が扇状に展開し、その中央に青い外套の男――エミリオ・アクアマリンが立っている。

 距離は、およそ五十歩。

 近すぎず、遠すぎない。

 交渉にも戦闘にも移れる、曖昧な間合い。

「……セリナ」

 隣でアオトが小さく囁いた。

「気をつけて。あの人、普通じゃない」

「七聖の使者だもの」

 私は視線を外さず答える。

「普通なわけがないわ」

 エミリオは、こちらの緊張など意に介さない様子で肩をすくめた。

「いやぁ、逃げずに待っててくれるとは思わなかったな」

 軽い調子。

 威圧でも挑発でもない。

 ただの――余裕。

「王女様って、もっと必死で逃げ回るタイプかと」

 胸の奥がざわつく。

 けれど私は、一歩も引かなかった。

「用件は何?」

 はっきり告げる。

「私たちを捕まえに来たのでしょう」

 エミリオは楽しそうに笑う。

「半分正解。半分ハズレ」

 彼は耳元の古びた魔導具に指先で触れた。

 微かな光が走り、空気が歪む。

「正確には――君じゃなくて、そっち」

 視線が、アオトへ向く。

 その瞬間、義手が強く脈動した。

《外部スキャン照合》

《旧文明残存センサー反応》

《探知方式:非魔力系》

 アオトの表情が、わずかに硬くなる。

「……魔法じゃない」

 低く呟く。

「旧文明の残存センサーだ。アストレリウム系……厄介だ」

 息を呑む。

 七聖は旧文明を否定している。

 なのに――その技術を使っている。

 エミリオは満足そうに頷いた。

「さすが。察しがいいね」

 軽く手を広げる。

「地下炉心クラスの反応。限定起動中。遮蔽率三割未満」

 まるで天気を報告するような口調。

「つまりさ」

 一拍。

「この街も、君たちの居場所も、ぜーんぶ把握済み」

 背後の魔導兵たちが、一斉に魔力を収束させる。

 空気が、目に見えない刃のように張り詰めた。

 カイが低く息を吐く。

「……来るぞ」

 私は剣を構えた。

 それでも、エミリオはまだ動かない。

「まあまあ。今日は即処分って気分でもなくてね」

 彼はアオトを見る。

「君、名前は?」

 一瞬の沈黙。

 アオトは静かに答えた。

「アオト=ミナセ」

 エミリオの目が細くなる。

「へぇ……コードネームじゃなくて実名か」

 何かを確信したように、小さく笑う。

「やっぱり“鍵”本人だ」

 その言葉が、胸の奥に沈んだ。

「……鍵?」

 私が問い返すと、エミリオは肩をすくめる。

「まだ知らない方がいいこともあるよ、王女様」

 そして、軽く指を鳴らした。

 次の瞬間――

 上空で、低い振動音。

 雲の向こうに、主艦級飛空艇の巨大な影が浮かぶ。

 圧倒的な質量。

 空そのものが押し潰される感覚。

 アオトが歯を食いしばる。

「……主艦が降下準備に入った」

 私は深く息を吸った。

 逃げ場はない。

 街は包囲されている。

 こちらは少数。

 それでも。

 私は、一歩前へ出た。

「アオト」

「なに?」

「まだ、間に合う?」

 一瞬の計算。

 義手の光。

「……完全制御は無理。でも」

 顔を上げる。

「都市側の防御機構を、もう一段引き上げられる」

 私は迷わず頷いた。

「やって」

 紅蓮の廃都で。

 七聖の使者と、滅びの王女と、旧文明の遺民が向かい合う。

 それは交渉ではない。

 宣戦でもない。

 ただ――

 世界の主導権を賭けた、最初の境界線だった。


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