第二部 第77話 希望の砦
アルヴァ砦の朝は、静かだった。
昨日まで戦場だった谷には、まだ硝煙の匂いが残っている。
崩れた城壁。
焼け焦げた石畳。
瓦礫の隙間から、朝の光が差し込んでいた。
レグノル兵たちは黙々と瓦礫を運び、負傷兵を運び出している。
勝利の空気ではない。
ただ、生き残った者たちが動いているだけだった。
◆
中央制御塔の前。
カイは腕を組み、床の穴を見下ろしていた。
巨大な空洞。
そこにあるはずの魔導炉は――ない。
副官が報告する。
「カイ隊長、中央制御塔調査完了です」
「魔導炉は完全に消失しています」
カイは眉をひそめた。
「残骸は」
「ありません」
「破片すら」
◆
バルドが穴を覗き込み、鼻を鳴らす。
「爆発じゃねぇな」
「爆発なら瓦礫が残る」
石の縁を足で蹴る。
「こりゃ――」
「持っていかれてる」
◆
カイは静かに床を撫でた。
石の表面は削れている。
爆発ではない。
何かが――通った跡だ。
「……地下から」
低く呟く。
◆
エリーナが小さく声を出す。
「昨日の……黒いもの」
カイは答えない。
ただ穴を見つめていた。
◆
セリナが口を開く。
「魔導炉が無いと」
「この砦は?」
カイは即答した。
「防御結界が使えません」
「魔導砲も沈黙します」
「城門術式も機能しない」
つまり――
「ただの石の城です」
◆
沈黙が落ちる。
◆
バルドが肩をすくめた。
「じゃあどうする」
◆
カイは地図を広げる。
「前線拠点には使えません」
指が谷をなぞる。
「だが」
「補給基地にはなる」
「谷の入口を抑えれば、レグノルへの道を確保できる」
カイは中央塔を見上げた。
「ただし――」
「復旧には時間がかかる」
◆
セリナは静かに頷いた。
「アルヴァを、補給基地として再建します」
「祖国へ進むための足がかりとして」
◆
その時。
外で兵士達の声が上がった。
兵が駆け込んでくる。
「報告!」
「谷の外に人影が!」
◆
カイが振り向く。
「敵か」
「いえ」
兵は首を振る。
「武装していますが……」
「旗が違います」
◆
砦の門。
外に立っていたのは数十人の兵だった。
鎧は古い。
だが姿勢はまっすぐだった。
先頭の老騎士が膝をつく。
◆
「我ら」
声は震えていた。
「レグノル王国騎士団」
◆
セリナの目が見開かれる。
◆
「祖国奪還の旗が立ったと聞き」
老騎士は頭を垂れる。
「参陣に参りました」
◆
その後ろ。
谷の道にはさらに人影があった。
農民。
元兵士。
傭兵。
武器を握る者たち。
◆
バルドが小さく笑う。
「……来やがったな」
◆
セリナは旗を見上げた。
アルヴァは失われた砦だ。
魔導炉も無い。
だが――
◆
人は集まっている。
◆
カイが低く言った。
「レグノルの戦力が……確保できるかもしれん」
◆
谷を風が吹き抜けた。
アルヴァ砦。
それはもう
ただの砦ではなかった。
祖国を取り戻すための――
希望の砦に生まれ変わった。




