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第5話 紅蓮の廃都(セリナ視点)

 

 廃都ファランシアは、遠目にも異様だった。


 街全体が、赤黒く焦げている。

 かつて城壁だった外郭は半分以上が崩れ、塔は途中で折れ、建物は影のような輪郭だけを残して沈黙していた。


 風が吹くたび、灰が舞う。

 それはまるで――街そのものが、まだ燃え続けているかのようだった。


「……ここが、ファランシア」


 私は小さく呟いた。


 七聖のひとり、焔帝アルディアスが展開した《紅蓮皇陣》。

 街全体を焼き尽くす広域制圧魔法。


 その痕跡は、今も地面に焼き付いている。


 石畳には円環状の焦げ跡。

 壁面には溶けた跡が走り、空気には鉄と硫黄の匂いが混じっていた。


「……生き物の反応、ほとんどない」


 アオトが義手に視線を落としながら言う。


「微弱な魔力残滓はあるけど、活動レベルはゼロに近い」


 胸の奥が冷える。


「つまり……完全な死の街、ということ?」


「うん。少なくとも、人が長く住める環境じゃない」


 それでも――ここしかなかった。


 七聖に追われ、補給も仲間もない私たちにとって、

 “誰も近づかない場所”は、唯一の猶予だった。


---



 瓦礫を越え、崩れた大通りを進む。

 足音だけがやけに大きく響く。


「……静かすぎる」


 エリーナが小さく呟いた。

 彼女は周囲を警戒しながら、何度も空を見上げている。


「飛空艇が来たら、すぐ分かる?」


「たぶん。でも高度を落とさず索敵されたら、気づくのは遅れるかも」


 カイが短く答える。


「この街は見通しがいい分、隠れる場所が少ない」


 バルドが苦笑した。


「歓迎されてねぇ拠点だな」


 私は街の中心を見つめた。

 崩れた尖塔。その地下に――旧文明の反応。


 アオトの義手が、微かに脈打つ。


「……来てる」


「何が?」


「地下。かなり深い場所に、人工構造物がある」


 アオトの声が低くなる。


「たぶん……レグノルで見つけた施設と同系統だ」


 胸がざわつく。


「つまり、ここにも?」


「うん。まだ確定じゃないけど」


 アオトはゆっくり息を吐いた。


「嫌な予感がする」


---



 私たちは、半壊した旧市庁舎の地下を仮拠点に定めた。


 屋根は抜け、壁も崩れている。

 それでも地下区画は比較的無傷で、外からの視認性も低い。


「……拠点っていうより、避難壕ね」


 思わずそう言うと、バルドが肩をすくめた。


「今はそれで十分だろ」


 カイが警戒配置を決め、エリーナが上空偵察に飛び立つ。


 アオトは地下へ続く崩落箇所の前で立ち止まっていた。

 義手を壁に触れさせる。淡い光が走る。


「……やっぱり」


 表情が引き締まる。


「ここ、旧文明のアクセスノードだ。完全に死んではいない」


 息を飲む。


「起動できるの?」


「分からない。でも……」


 アオトは静かに言った。


「ここは、ただの廃都じゃない」


 その言葉の重さが胸に落ちる。


 七聖が封鎖した理由。

 紅蓮皇陣で焼き払った理由。


 すべてが一本の線で繋がり始めていた。



 夜。


 灰色の雲に覆われた空の向こうで、微かな光が瞬いた。


 私は瓦礫の上に立ち、遠くを見つめる。


「……来るわね」


 隣に立ったアオトが、小さく頷く。


「うん。たぶん、もう見つかってる」


 それでも彼は逃げようとは言わなかった。

 私も同じだった。


「アオト」


「なに?」


 迷いを飲み込み、言葉を選ぶ。


「もし……ここで全部終わるとしても」


 彼を見る。


「あなたと出会えたこと、後悔してない」


 アオトは少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「僕もだよ」


 短い言葉。

 でも、それで十分だった。


 紅蓮の廃都で。

 滅びた王女と旧文明の遺民は、静かに覚悟を共有する。


 そして空の彼方では――

 飛空艇の編隊が、雲を割って進路を定めていた。


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