第5話 紅蓮の廃都(セリナ視点)
廃都ファランシアは、遠目にも異様だった。
街全体が、赤黒く焦げている。
かつて城壁だった外郭は半分以上が崩れ、塔は途中で折れ、建物は影のような輪郭だけを残して沈黙していた。
風が吹くたび、灰が舞う。
それはまるで――街そのものが、まだ燃え続けているかのようだった。
「……ここが、ファランシア」
私は小さく呟いた。
七聖のひとり、焔帝アルディアスが展開した《紅蓮皇陣》。
街全体を焼き尽くす広域制圧魔法。
その痕跡は、今も地面に焼き付いている。
石畳には円環状の焦げ跡。
壁面には溶けた跡が走り、空気には鉄と硫黄の匂いが混じっていた。
「……生き物の反応、ほとんどない」
アオトが義手に視線を落としながら言う。
「微弱な魔力残滓はあるけど、活動レベルはゼロに近い」
胸の奥が冷える。
「つまり……完全な死の街、ということ?」
「うん。少なくとも、人が長く住める環境じゃない」
それでも――ここしかなかった。
七聖に追われ、補給も仲間もない私たちにとって、
“誰も近づかない場所”は、唯一の猶予だった。
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◆
瓦礫を越え、崩れた大通りを進む。
足音だけがやけに大きく響く。
「……静かすぎる」
エリーナが小さく呟いた。
彼女は周囲を警戒しながら、何度も空を見上げている。
「飛空艇が来たら、すぐ分かる?」
「たぶん。でも高度を落とさず索敵されたら、気づくのは遅れるかも」
カイが短く答える。
「この街は見通しがいい分、隠れる場所が少ない」
バルドが苦笑した。
「歓迎されてねぇ拠点だな」
私は街の中心を見つめた。
崩れた尖塔。その地下に――旧文明の反応。
アオトの義手が、微かに脈打つ。
「……来てる」
「何が?」
「地下。かなり深い場所に、人工構造物がある」
アオトの声が低くなる。
「たぶん……レグノルで見つけた施設と同系統だ」
胸がざわつく。
「つまり、ここにも?」
「うん。まだ確定じゃないけど」
アオトはゆっくり息を吐いた。
「嫌な予感がする」
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◆
私たちは、半壊した旧市庁舎の地下を仮拠点に定めた。
屋根は抜け、壁も崩れている。
それでも地下区画は比較的無傷で、外からの視認性も低い。
「……拠点っていうより、避難壕ね」
思わずそう言うと、バルドが肩をすくめた。
「今はそれで十分だろ」
カイが警戒配置を決め、エリーナが上空偵察に飛び立つ。
アオトは地下へ続く崩落箇所の前で立ち止まっていた。
義手を壁に触れさせる。淡い光が走る。
「……やっぱり」
表情が引き締まる。
「ここ、旧文明のアクセスノードだ。完全に死んではいない」
息を飲む。
「起動できるの?」
「分からない。でも……」
アオトは静かに言った。
「ここは、ただの廃都じゃない」
その言葉の重さが胸に落ちる。
七聖が封鎖した理由。
紅蓮皇陣で焼き払った理由。
すべてが一本の線で繋がり始めていた。
◆
夜。
灰色の雲に覆われた空の向こうで、微かな光が瞬いた。
私は瓦礫の上に立ち、遠くを見つめる。
「……来るわね」
隣に立ったアオトが、小さく頷く。
「うん。たぶん、もう見つかってる」
それでも彼は逃げようとは言わなかった。
私も同じだった。
「アオト」
「なに?」
迷いを飲み込み、言葉を選ぶ。
「もし……ここで全部終わるとしても」
彼を見る。
「あなたと出会えたこと、後悔してない」
アオトは少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「僕もだよ」
短い言葉。
でも、それで十分だった。
紅蓮の廃都で。
滅びた王女と旧文明の遺民は、静かに覚悟を共有する。
そして空の彼方では――
飛空艇の編隊が、雲を割って進路を定めていた。




