第二部 第53話 揺らぐ秩序(七聖会議)
雲海は、静かだった。
旗艦《アーク=テンレア》最上層。
円形の会議室には、七つの人影が並び座している。
誰も、すぐには口を開かなかった。
沈黙が、重い。
第四撃の光が消えてから、まだ数時間も経っていない。
最初に声を発したのは、アルディアスだった。
「――第四撃は、逸れた」
事実だけを告げる声音。
怒りも、焦燥もない。
だが、その一言は鋼のように重かった。
対面で、ミハイマールが端末に視線を落としたまま答える。
「演算誤差は検出されていません。外的干渉の痕跡もなし。位相補正も正常でした」
淡々とした報告。
つまり。
「内部判断の変更、ということか」
アルディアスの声が、静かに落ちる。
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
リンシアが、静かに息をつく。
「彼は、無差別に攻撃を行ってはいませんでした」
柔らかな声。だが、その瞳は揺れない。
「防御に徹していた。あの場での排除は……秩序の維持に直結すると、断言できますか?」
ミハイマールが即座に返す。
「危険因子は排除する。それが最小損失です」
「“最小”であって、“正しい”とは限りません」
リンシアは視線を落とさない。
アルディアスは黙って聞いている。
アンリエットは、まだ一言も発していない。
両手を重ね、静かに目を閉じている。
ジュリアが、ゆるやかに扇子を開いた。
「まあまあ。彼は予測不能な存在ですわ。退屈しなくて済む」
誰も笑わない。
エミリオがぽつりと呟く。
「……飛ぶかもしれないな」
それは技術者の純粋な興味だった。
ノクスが、仮面越しに空を見つめている。
「分岐が、増えた」
説明はない。
だが、その一言で十分だった。
アルディアスの視線が、ゆっくりと巡る。
「排除は可能だった」
低く、断定する。
「だが、行われなかった」
誰が、とは言わない。
沈黙。
わずかに、リンシアが視線をアンリエットへ向ける。
アンリエットは、静かに目を開いた。
「恐怖で作る秩序は、秩序ではありません」
声は小さい。
だが、その言葉は会議室の中心に、重く落ちた。
誰も反論しない。
アルディアスは、何も返さない。
ただ、数秒の沈黙ののち。
「……そうか」
それだけを言った。
追及はしない。
名指しもしない。
だが、誰もが理解していた。
この均衡は、脆い。
そして――
七聖は、いま。
初めて、同じ方向を向いていない。
会議は、形式上の結論を出す。
「アオト=ミナセは、経過観察対象とする」
排除でも、容認でもない。
曖昧な位置。
それが、いまの七聖の距離だった。
席を立つ者たち。
最後まで残ったのは、ノクスだった。
仮面の奥で、わずかに呟く。
「……核が、揺れている」
誰にも届かない声。
雲海の下で、新たな分岐が静かに広がっていた。
第二部、始動。




