第4話 動き出す七聖 (七聖サイド/一部セリナ視点)
テンレア首都中枢――聖導議殿。
音がなかった。
風も。
衣擦れも。
呼吸すら、この空間では意味を持たない。
七聖だけが入ることを許された円卓の間。
七つの席。
その中央上空に、青白い立体映像が浮かんでいる。
テンレア同盟情報局長――ジュリア・マクミルラン。
彼女の姿は実体ではない。
光で構成された、観測のための仮の姿。
『斥候部隊より帰還報告』
淡々とした声。
報告という機能だけを持つ装置のような声音。
『レグノル王女、セリナ=リュミエール。生存を確認』
空気が、わずかに更新された。
だが――
誰も反応しない。
驚きも。
安堵も。
怒りもない。
ただ。
情報が書き換えられた。
それだけだった。
『加えて――王女と行動を共にする未登録人物を確認』
映像が切り替わる。
瓦礫の街。
煙の向こう。
黒髪の少年。
その右腕。
義手が、光を放っている。
『魔導防壁の詠唱なし』
『魔力反応なし』
『未知の防御フィールドを確認』
沈黙。
重い沈黙。
誰も動かない。
ただ――観測している。
焔帝アルディアス・カグツチが口を開いた。
「……旧文明だな」
感情はない。
赤い瞳は映像を見ている。
いや。
映像の奥にある“意味”を解析していた。
そこに映る少年を――
個人ではなく。
現象として。
「王女だけなら想定内だった」
一拍。
「だが、これは違う」
ノクス・アルヴェインは動かなかった。
瞬きすらない。
その視線は現在に存在していない。
すでに起きている未来を観測している。
「魔法体系外の干渉」
静かな声。
「偶然ではない」
アンリエットが指を組む。
「つまり?」
ノクスは答える。
「彼は“発見された”のではない」
一拍。
「保存されていた」
空間の意味が変わる。
ミハイマールが、わずかに息を吐く。
「義体制御に未知技術……アストレリウム級」
否定はなかった。
それは仮説ではなく――分類だった。
アルディアスが立ち上がる。
迷いはない。
「回収する」
決定だった。
議論ではない。
処理だった。
ジュリアの映像が、わずかに歪む。
『……興味深いわ』
わずかに笑うような声。
『魔力でもない、防御術式でもない』
『それを平然と使う少年が、王女の隣にいる』
一拍。
『これは少し、面白くなってきた』
空間に軌跡が浮かぶ。
移動予測。
未来分岐。
収束点。
『追跡ラインは再構築済み』
『廃都ファランシア方面への進行が濃厚』
「ファランシア……」
エミリオが小さく笑う。
「あそこは封鎖都市だ」
一拍。
「まだ残っていたのか」
アルディアスは答える。
「だからこそだ」
彼の瞳は揺れない。
都市ではなく――
その内部の“意思”を見ていた。
「飛空艇師団を出せ」
「建前は講和使節」
エミリオの口元が歪む。
「講和、か」
一拍。
「死者に言葉は届かない」
静かな笑み。
「だが――演出としては悪くない」
誰も否定しない。
ノクスが言う。
「観測段階は終了した」
一拍。
「干渉フェーズへ移行する」
円卓の光が落ちる。
その瞬間。
世界の均衡が、わずかに書き換えられた。
七聖は――動き出した。
◆
(セリナ視点)
瓦礫の街を抜ける。
足元で灰が崩れる。
その音だけが、現実を繋ぎ止めていた。
アオトは歩きながら、義手を見ていた。
淡い光。
脈動。
まるで――
彼自身ではない何かが、この世界と接続しているように。
「……追跡されてる」
小さな声。
「魔力通信網。広域索敵」
私は唇を噛む。
「もう、追われてるのね」
アオトは頷いた。
「隠れ続けるのは無理」
一拍。
「それに」
義手が、強く明滅する。
「こんな反応、本来ないはずなんだ」
「え?」
「分からない」
空を見上げる。
「でも」
静かな声。
「何かが始まってる」
その言葉に、根拠はなかった。
それでも――信じられた。
「だから先に“場所”を取る」
彼は言う。
「廃都ファランシア」
その名を聞いた瞬間。
心臓が、わずかに強く打った。
恐怖だったのか。
それとも――予感だったのか。
分からない。
それでも。
私は剣を握る。
「行きましょう」
声は震えなかった。
「終わりじゃなく」
一拍。
「始まりとして」
アオトが、小さく笑った。
その笑みは――
観測者ではなく。
確かに、人間のものだった。
滅びの王女と。
旧文明最後の遺民。
二人は、廃都へ向かう。
そして。
空の彼方。
雲の向こう。
飛空艇の影が――
静かに。
確実に。
世界へ干渉を始めていた。




