第43話 包囲(セリナ視点)
最初に異変を感じたのは、光だった。
空が――暗い。
夜ではない。
雲でもない。
まるで、空が覆われているような、重い圧迫感。
私は塔の上から空を見上げる。
そして、息を呑む。
そこにあったのは――艦だった。
ひとつではない。
ふたつでもない。
数えきれないほどの光点が、雲の向こうに浮かんでいる。
七聖の艦。
観測艦。
そして、その背後。
すべてを支配するように存在する、巨大な旗艦。
《アーク=テンレア》。
それは、空だった。
空そのものが、敵になったかのようだった。
「……包囲されてる」
誰の声だったのか、自分でも分からなかった。
ただ、その言葉だけが現実だった。
逃げ場はない。
上も。
外も。
すべて。
見られている。
監視されている。
支配されている。
都市全体が、檻の中に閉じ込められたようだった。
空気が重い。
呼吸が浅くなる。
心臓が、強く脈打つ。
怖い。
圧倒的な力の差。
抗うことが無意味だと、本能が理解してしまう。
それでも。
私は、視線を逸らさなかった。
逸らした瞬間に、すべてを失う気がしたから。
その時だった。
都市が、微かに震えた。
振動ではない。
鼓動。
まるで、生きているかのような感覚。
塔の構造が、わずかに変化する。
街路の角度が、調整される。
空気の流れが、最適化される。
防御。
準備。
都市は、理解している。
敵が来たことを。
そして――
守ろうとしている。
私は、振り返った。
そこに、アオトがいた。
塔の中央。
都市の中心。
彼は、空を見上げていた。
動かない。
逃げない。
ただ、立っている。
その姿は、あまりにも小さい。
なのに。
なぜか。
都市全体が、彼を中心にして動いているように見えた。
彼の周囲の空気が、わずかに歪む。
目には見えない何かが、彼と都市を繋いでいる。
違和感。
恐怖。
そして――
確信。
都市は、彼を守っている。
彼を中心に、防御構造を構築している。
「……アオト」
名前を呼ぶ。
彼は、ゆっくりと振り返った。
灰色の瞳。
その瞳は、変わっていない。
変わっていないはずなのに。
その奥に、別の何かがあるように感じた。
都市。
構造。
理解。
人間ではないもの。
それでも。
彼は、微笑んだ。
「大丈夫だよ」
その声は、アオトの声だった。
安心する。
同時に、不安になる。
彼は、ここにいる。
でも。
完全に同じではない。
変わり始めている。
都市と共鳴してから。
確実に。
それでも。
彼は、アオトだ。
私が出会った少年。
世界を変えると信じた存在。
空の上。
七聖の艦は、動かない。
攻撃しない。
ただ、見ている。
観測している。
判断を待っている。
都市が、微かに震える。
恐れているのではない。
準備している。
戦いの準備を。
私は、強く拳を握った。
怖い。
逃げたい。
それでも。
逃げない。
もう、逃げない。
彼の隣に立つと決めた時から。
それが、私の選択だから。
だから私は力強く空を見上げる。
七聖。
世界の支配者。
神と呼ばれる存在。
だが。
私は知っている。
彼らは神ではない。
選ばれた存在でもない。
ただ――
選択した存在だ。
そして今。
アオトもまた、選択した。
共鳴することを。
守ることを。
生きることを。
都市が、アオトの意思に応答する。
空気が反応する。
構造が意思を持ったかのように躍動する。
七聖の包囲は、完成した。
戦いは、避けられない。
それでも。
私は、恐れなかった。
なぜなら。
彼が、ここにいるから。
アオトが。
都市が。
エリーナやカイやバルド達が。
ここにいるから。
レグノル王国での戦いとは、違う。
戦いは、次の段階へと進む。
どちらが正しいのか証明するために。
そして次の瞬間――都市の外縁で、最初の“圧力”が形に なった。




