第36話 初めての反撃(カイ視点)
風が、死んでいる。
空気は動いているはずなのに、
流れがない。
音があるのに、広がらない。
まるで、この街そのものが――
呼吸を止めているようだった。
「……来るぞ」
誰に言うでもなく、俺は呟いた。
見えない。
だが、分かる。
長く戦場にいた人間には、
理屈ではない“兆し”がある。
死が近づくときの、あの静けさだ。
◆
アオトは、地面に触れていなかった。
焚き火の近く。
セリナ殿のそばで座っている。
目を閉じ、呼吸を整えている。
都市と繋がっていない状態。
つまり――
今この瞬間、この街を守るのは
俺たちだけだ。
それでいい。
それでいいのだ。
◆
最初に異変に気づいたのは、エリーナだった。
「――カイ!」
空からの叫び。
「外縁、北西! 何かが――」
言葉が終わる前に、
それは現れた。
空間が、歪む。
裂けるのではない。
折り畳まれる。
そして――
そこから、“影”が落ちた。
◆
黒い装甲。
人型。
だが、人間ではない。
動きに、迷いがない。
躊躇がない。
ただ――
任務だけが存在している。
「……七聖の回収部隊か」
俺は槍を構えた。
敵は三体。
前回と同型。
だが――
違う。
今回は、“観測”ではない。
“侵入”だ。
◆
敵が動く。
速い。
人間の速度ではない。
だが――
見える。
予測できる。
なぜなら――
こいつらは、効率だけで動いている。
効率は、読める。
「バルド! 右を抑えろ!」
「おう!」
斧が振り下ろされる。
重い一撃。
敵は回避。
予測通りの動き。
ならば――
そこが“死角”だ。
◆
俺は踏み込む。
全身の筋肉を、無理やり同期させる。
速さでは勝てない。
力でも勝てない。
だが――
“意志”は違う。
敵は壊れることを恐れない。
だから、壊されることも理解していない。
「――はああああッ!」
槍が装甲の関節に突き刺さる。
硬い。
だが――
通った。
わずかに。
それで十分だ。
◆
敵が反撃する。
拳が迫る。
回避は間に合わない。
なら――
受ける。
衝撃。
骨が軋む。
肺から空気が抜ける。
だが――
倒れない。
◆
「カイ!」
セリナ殿の声。
聞こえている。
だが――
今は応えない。
戦場では、
声よりも、刃が優先される。
◆
敵の動きが、わずかに乱れる。
学習している。
適応している。
ならば――
その前に終わらせる。
「バルド!」
「任せろォ!」
斧が、突き刺さった関節を叩き砕く。
装甲が歪む。
構造が崩れる。
そして――
初めて、敵が“後退”した。
◆
逃げる。
それが、敵の判断だった。
破壊ではない。
回収でもない。
損耗の回避。
合理的な判断。
だが――
それは同時に、
敗北でもある。
◆
空間が折り畳まれる。
敵が消える。
残ったのは――
静寂。
そして、
俺たちだ。
◆
膝が震える。
槍を地面に突き立て、身体を支える。
痛みが遅れてやってくる。
それでも――
笑みが浮かんだ。
「……まだ、戦えるな」
◆
そのとき。
背後から、足音。
振り返る。
アオトだった。
地面には触れていない。
ただ――
こちらを見ている。
「……カイ」
その声は、
いつものアオトの声だった。
「守ったんだな」
短い言葉。
だが――
その意味は重い。
◆
俺は肩をすくめた。
「当然だ」
それだけだ。
都市があろうと、なかろうと。
力があろうと、なかろうと。
守ると決めたものは、守る。
それが――
人間だ。
◆
アオトが、ゆっくりと頷いた。
その瞬間。
風が、ほんのわずかに戻った気がした。
都市ではない。
都市の力ではない。
人間の意志が、
この街に、
まだ存在している証だった。




