第35話 都市の記憶 (アオト視点)
最初に来たのは、熱だった。
焼けるような熱ではない。
もっと静かな――
逃げ場のない熱。
皮膚の下に直接流し込まれるような、圧迫感。
(……これは)
目を開けている。
焚き火も見える。
崩れた塔も見える。
ファランシアの空も見える。
なのに――
同時に、別の“場所”に立っていた。
◆
金属の床。
整備された通路。
白い光。
規則的に響く足音。
それは、僕の記憶じゃない。
歩いているのは、僕じゃない。
けれど――
重力の感覚。
床の硬さ。
空気の密度。
すべてが、自分の身体のもののように理解できた。
(……都市の記録)
視界が揺れる。
誰かが走っている。
焦り。
恐怖。
だが、それ以上に強いのは――
理解できない事象への困惑だった。
◆
音が、消えた。
完全に。
爆発ではない。
破壊でもない。
ただ――
音という概念が、存在しなくなった。
(……何が起きている?)
誰かが叫んでいる。
だが、声が聞こえない。
空気は振動しているはずなのに。
鼓膜は正常なのに。
音だけが――存在しない。
◆
次に来たのは、“欠落”だった。
目の前にいたはずの人間が――
消えていた。
血もない。
痕跡もない。
ただ、そこにいたという“事実”だけが残っている。
床には、落ちかけた工具。
開きかけた扉。
未完の動作。
そして――
存在しない人間。
(……消された?)
違う。
破壊されたのではない。
最初から――
存在しなかったことにされた。
◆
熱が、増す。
都市が軋む。
構造が歪む。
それでも――
都市は崩壊していない。
耐えている。
理解しようとしている。
解析しようとしている。
だが――
理解できない。
◆
その瞬間。
“視線”を感じた。
人間の視線ではない。
敵の視線でもない。
もっと巨大な――
構造そのものが持つ、観測。
都市が、見ている。
自分の内部で起きている“滅び”を。
そして――
記録している。
◆
意識が引き戻される。
焚き火。
夜。
ファランシア。
僕の身体。
「……っ」
呼吸が乱れる。
義手が、微かに震えている。
(……今のは)
夢じゃない。
幻覚でもない。
都市の記録。
旧文明の、最後の瞬間。
◆
理解が、ひとつだけ浮かぶ。
旧文明は――
破壊されたのではない。
“切り離された”。
存在そのものを。
◆
義手に、微かな脈動。
《深層アクセス……限定開放》
頭の奥で、何かが開く。
完全ではない。
ほんの断片。
それでも――
都市が、自分に“見せた”ことは理解できた。
(……試されている)
都市は、強制していない。
ただ――
見せている。
自分が何を継ぐのかを。
◆
恐怖はなかった。
代わりにあったのは――
理解だった。
この都市は、生きている。
そして――
死を経験している。
◆
ふと、気づく。
焚き火の向こう。
セリナがこちらを見ている。
「……アオト?」
声。
現実の声。
それだけで――
意識が、完全に戻る。
「……大丈夫」
そう答える。
嘘じゃない。
本当に、大丈夫だった。
少なくとも――
まだ、自分は“自分”だ。
◆
だが、ひとつだけ変わったことがある。
地面に触れていないのに――
都市の“鼓動”が分かる。
深く。
静かに。
待っている。
◆
都市は、命令しない。
都市は、強制しない。
ただ――
選択を、待っている。




