第29話 都市の拒絶(セリナ視点)
最初に気づいたのは、音だった。
――消えた。
風が止んだわけではない。
耳が塞がれたわけでもない。
ただ、そこにあったはずの「連続」が、唐突に途切れた。
焚き火の向こう側。
瓦礫の影。
そこにいた見張りの兵が、何かを言いかけた瞬間――
その声の後半が、存在しなかった。
「……今、何を言ったの?」
問いかけると、兵は困惑した顔でこちらを見た。
「いえ……何も」
違う。
私は確かに聞いた。
声が、途中で「削られた」。
まるで、世界の方がその音を「不要」と判断したように。
◆
「アオト」
私は彼の名前を呼んだ。
街の中央。
崩れた噴水の跡。
アオトは、石畳に触れていた。
義手ではない。
生身の手で。
「……来てる」
彼は目を閉じたまま言った。
「七聖の観測が、さらに深く潜ってきてる」
その声は静かだった。
恐怖ではなく、確認。
「どこから?」
「……全部」
一拍。
「空間の“外側”から」
意味は分からなかった。
けれど、直感で理解した。
これは軍ではない。
戦争でもない。
もっと別の何か。
◆
その瞬間だった。
空気が――
歪んだ。
見えないはずの「何か」が、街の外縁に触れた。
視覚ではなく、感覚で分かる。
侵入。
観測。
接続。
そして――
拒絶。
地面が、微かに震えた。
「……アオト?」
彼の身体が強張る。
目を見開き、石畳を見つめている。
「違う」
彼が呟いた。
「僕じゃない」
次の瞬間。
街の外縁で、何かが「消えた」。
爆発ではない。
破壊でもない。
存在そのものが、そこから「除外」された。
音はなかった。
光もなかった。
ただ――
そこにあったはずの“何か”が、いなくなっていた。
◆
「……今のは」
カイが槍を握りしめる。
「敵か?」
「分からない」
アオトが答える。
だが、その顔には明確な動揺があった。
「僕は……何もしてない」
その言葉に、私は息を呑んだ。
彼がやったのではない。
街が、自分でやった。
◆
もう一度。
空気が震える。
今度は、もっと近く。
瓦礫の影。
そこにあった小石が、突然――
消えた。
「……っ」
思わず剣に手をかける。
だが、敵はいない。
敵は存在できない。
街が、それを許さないから。
◆
「観測点……消失」
アオトが呟く。
「七聖の観測ノードが、排除されてる」
「排除……?」
「うん」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「街が、自分で“境界”を定義し始めた」
境界。
内側と外側。
存在していいものと、存在してはいけないもの。
◆
「止められる?」
私は問いかけた。
王女としてではない。
一人の人間として。
この力が、どこまで行くのか分からなかった。
アオトは、しばらく黙っていた。
そして、首を振った。
「……止められない」
静かな答え。
「これは僕の命令じゃない」
石畳を見る。
まるで、そこに意思があるかのように。
「街が、自分で選んでる」
◆
恐怖はなかった。
代わりにあったのは――
確信。
この街は、もう廃墟ではない。
ただの遺構でもない。
生きている。
そして――
選んでいる。
◆
三度目の震動。
今度は、私にもはっきり分かった。
侵入しようとした「何か」が、
街の外縁で、
完全に、
拒絶された。
存在の痕跡ごと。
◆
アオトが、小さく呟いた。
「……観測されてるだけじゃない」
一拍。
「観測し返してる」
その言葉の意味を、私は完全には理解できなかった。
けれど、本能が告げていた。
均衡が変わった。
追われるだけの存在ではなくなった。
◆
私は彼の手を握った。
冷たい。
けれど、確かに人間の手だった。
「アオト」
「……うん」
「あなたは、あなたよ」
街が何を選ぼうと。
どれだけ変わろうと。
彼だけは、ここにいなければならない。
人間として。
◆
そのとき。
街の奥深くで、
何かが――
開いた。
音はない。
光もない。
だが、確かに。
都市の最深部で、
新しい「構造」が、形成された。
◆
アオトが、息を呑む。
「……認識された」
「何が?」
彼は、ゆっくりと答えた。
「僕が」
一拍。
「この街に」
◆
ファランシアは、初めて明確に――
外敵ではなく、
世界そのものを、
拒絶した。




