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第2話 目覚めし遺民


(アオト視点)


 冷たい。

 それが、最初に浮かんだ感覚だった。


 全身が水の中に沈んでいるような重さ。

 まぶたは鉛のようで、指先の感覚も曖昧だ。


「……ここは……」


 声を出したつもりなのに、かすれた空気が震えただけだった。


 視界がゆっくりと開く。

 白い天井。

 光の筋。

 幾何学模様の装置群。


 ――知らない。

 でも、どこか懐かしい。


 頭の奥で、眠っていた記憶が軋む。


「……人……?」


 その声に、視線を向けた。


 少女が立っていた。

 銀色の髪。

 煤で汚れた頬。

 けれど、紫紺の瞳は驚くほど澄んでいる。


 剣も鎧もない。

 それなのに、彼女は“王族”の気配をまとっていた。


「君は……?」


 喉が焼けるように痛む。

 少女は一歩近づき、震える声で名乗った。


「私は……セリナ。レグノル王国の……王女です」


 王女。

 その単語が脳内で反響する。


 王国。国家。政治体制。

 断片的な知識が自動的に整理されていく。


 ――でも。


「……レグノル?」


 知らない。

 僕の知る地図には存在しない国だ。


 違和感を覚えた瞬間、右腕が微かに振動した。


 金属義手。

 視界の端に淡い文字列が浮かぶ。


《生体状態:安定》

《外界環境:未知》

《文明レベル:低下を確認》


 文明レベル……低下?


 胸の奥がざわついた。


「ねえ……あなた、大丈夫?」


 セリナが覗き込んでくる。

 強がっているけれど、限界なのは明らかだった。

 衣服は破れ、指先は震えている。


 僕はゆっくりと上体を起こした。

 関節がきしみ、筋肉が眠りから剥がされる。


「……大丈夫。たぶん」


 自分でも確信はない。

 周囲を見渡す。


 巨大な円形施設。

 水晶の柱と金属フレームが融合した壁面。

 魔法陣のようでいて、配置はあまりにも合理的。


 ここは――


「旧文明の施設……?」


 思わず口にすると、セリナが息を呑んだ。


「旧文明……? あなた、それを知っているの?」


「うん。少なくとも、これは魔法じゃない」


 床の紋様。

 天井の反射板。

 エネルギー導線。


 すべてに設計思想がある。


 感覚が戻るにつれ、記憶が浮上してくる。


 都市。

 空を走る輸送軌道。

 星間通信網。

 白い研究室。

 最後に見た光。


「……そうか」


 長い眠りの理由を、身体が思い出していた。


「僕は……アオト。アオト=ミナセ」


 名乗ると、セリナは少しだけ微笑んだ。


「私はセリナ=リュミエール・レグノル。……もう、国はありませんけど」


 その言葉の奥にある喪失が痛いほど伝わる。


「どうして……ここに?」


 尋ねると、セリナは視線を伏せた。


「七聖に……国を滅ぼされました」


 淡々とした声。

 でも、握りしめた拳は震えている。


「逃げて……地下へ落ちて……それで、あなたを見つけたの」


 七聖。

 義手が反応する。


《外部ワード検出》

《該当データ:未登録》


 知らない概念。

 だが、嫌な予感だけは確かだった。


「……セリナ」


 彼女を見て、静かに言う。


「たぶんだけど――」


 一拍置く。


「世界、かなり壊れてる」


 セリナは目を丸くし、それから苦く笑った。


「ええ。……それは、分かってるわ」


 その強さが胸に刺さる。


 状況は最悪。

 文明は断絶し、外は戦火の直後。

 目の前の王女はすべてを失っている。


 それでも。


 義手の内部で、微弱な応答が走る。


『覚醒確認』


 聞き慣れた声。

 マザーブレイン。


 遠くにいるはずなのに、確かに繋がっている。


(……生きてる)


 僕はセリナに向き直った。


「ここから出よう」


「え……?」


「外がどうなってるか分からない。でも――」


 二千年ぶりに立ち上がる。

 地面を踏みしめて。


「一人じゃない。今は」


 セリナは迷い、そして頷いた。


「……ええ。一緒に」


 滅びの王女と、旧文明最後の遺民。

 こうして僕たちは、瓦礫と炎の世界へ足を踏み出した。


 まだ知らない。

 この一歩が、七聖と神と世界そのものを揺らすことになるなんて。


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