第28話 七聖の結論(七聖サイド)
◆ 七聖サイド/テンレア主艦解析ブリッジ
雲海の上。
テンレア主艦のブリッジは、深海よりも静かだった。
音は存在している。
計器の駆動音。
投影盤の演算音。
観測層の同期音。
だが、それらはすべて「意味を持たない雑音」として処理されている。
この空間で意味を持つのは、ただひとつ。
――結果だけだ。
投影盤の中央。
ファランシア。
かつて死んだ都市。
今は、“死を拒否している都市”。
その座標は、未だ完全な観測を拒絶していた。
「……同期率、上昇を確認」
ミハイマールが淡々と告げる。
彼女の指先が投影層を滑るたび、数値が層を変えて現れる。
「鍵個体――アオト=ミナセ。都市同期率、三十一パーセント」
わずかな沈黙。
それは誤差ではない。
明確な“成長”だった。
「早いな」
アルディアス・カグツチが低く言う。
その声には苛立ちが混じっている。
「想定より、五十六時間早い」
ミハイマールは答える。
「通常、都市基盤との同期は段階的に進行する。
だが、この個体は違う。……都市の側が、自発的に接続を拡張している」
興味。
その言葉を使わずとも、彼女の瞳は明らかにそれを示していた。
「都市が“主”を選んだ、と?」
エミリオ・アクアマリンが楽しげに笑う。
「それは困るなぁ。
主は僕たちのはずだろう?」
「主、という概念は幻想よ」
ミハイマールは冷たく言った。
「支配とは常に、相互認証で成立する。
片方だけの意思では、維持できない」
「詭弁だな」
アルディアスが遮る。
「都市は道具だ。
主を選ぶことなど許されない」
その言葉には、怒りではなく――拒絶があった。
秩序の根幹を否定する存在への、本能的な拒否。
◆
「……観測は順調だ」
仮面の観測者――ノクス・アルヴェインが言った。
彼の前の投影盤には、他の誰にも見えない層が開いている。
時間層。
確率層。
因果層。
そのすべてが、ファランシアという一点に収束していた。
「都市は、まだ完全に目覚めていない」
静かな声。
「だが、目覚める可能性を保持している」
「可能性は不要だ」
アルディアスが言う。
「結果だけが必要だ」
「可能性こそが結果を決定する」
ノクスは訂正する。
感情はない。
ただ、事実の修正。
「観測を続けろ」
アルディアスが命じる。
ノクスは、わずかに仮面を傾けた。
「すでに続けている」
一拍。
「観測こそが、最も効率的な破壊手段だからだ」
エミリオが、くすりと笑う。
「面白い言い方だね」
「干渉は対象に“抵抗”を生む」
ノクスは続ける。
「だが、観測は違う。
観測は、対象の変化を加速させる」
投影盤の上で、ファランシアの同期率が微かに揺れる。
「崩壊は、内側から始まる」
それは予測ではない。
すでに確定している事象の確認だった。
◆
「……では、結論を」
ミハイマールが言った。
投影盤に、新たな層が開く。
包囲線。
補給遮断。
観測網。
すべてが完成している。
「第一段階――完了」
「第二段階――維持」
「第三段階――選別」
最後の単語だけが、わずかに重い。
「選別、か」
アルディアスが復唱する。
「都市と鍵を、分離する」
ミハイマールは言う。
「鍵が破損すれば、都市は再び沈黙する」
「破損」
エミリオが楽しげに繰り返す。
「壊すってこと?」
「正確には、“耐久限界の確認”よ」
ミハイマールの声には、一切の情がなかった。
「どこまで接続に耐えられるか。
どこで崩壊するか。
どの段階で回収可能か」
それは生物ではなく、機構の扱いだった。
◆
アルディアスが、ゆっくりと立ち上がる。
紅蓮の瞳が、投影盤の中心を射抜く。
ファランシア。
都市。
そして、その中心にいる少年。
「……秩序は、揺らがせない」
静かな宣言。
「都市が主を選ぶことは許さない」
その言葉は、七聖の総意だった。
あるいは――
七聖が守ろうとしているものの、本質だった。
◆
ノクスが、最後の観測ログを記録する。
《対象:ファランシア》
《対象:鍵個体アオト=ミナセ》
《状態:進行中》
そして、わずかに間を置き。
《判定:未確定》
仮面の奥で、見えない視線が揺れた。
彼は知っている。
これは単なる排除ではない。
分岐だ。
都市が沈黙する未来。
都市が目覚める未来。
その両方が、まだ存在している。
◆
雲海の下。
ファランシア。
都市は静かに呼吸している。
その鼓動はまだ弱い。
まだ不完全。
だが確実に――変化している。
◆
テンレア主艦のブリッジで、最後の命令が下された。
「観測を継続する」
それは慈悲ではない。
処刑の準備だった。
七聖は、結論を出した。
都市はまだ――
“処分可能な段階にある”と。




