第23話 評価と切り捨て(七聖サイド)
◆ 七聖サイド/テンレア主艦《——》解析ブリッジ
雲海の上。
テンレア主艦のブリッジは、墓所のような静寂に支配されていた。
計器や投影盤は無機質な駆動音を上げ続けているが、そこに居並ぶ「支配者」たちの声は、情報の濁流に飲み込まれ、消えていた。
投影盤の中央――“廃都ファランシア”を指し示す座標は、未だに不気味なノイズに塗り潰されたままだ。
「……撃破率は、ゼロか」
アルディアス・カグツチの重苦しい声がブリッジに響く。
ミハイマールは表情ひとつ変えず、外科医のような手つきで解析レイヤーを切り替えた。
「試験ユニット三体、すべて帰還。外装損傷、軽微。観測目的は――達成」
その淡々とした報告が、逆にアルディアスの苛立ちを逆撫でする。
「損耗なしで逃げられたというのか。……あの小僧に」
「勝ち負けを論じるのは、野蛮人のすることだよ」
椅子に深くもたれかかったエミリオ・アクアマリンが、くすくすと笑った。
「向こうは必死に『内臓』を剥き出しにして守ったんだ。僕たちはそれを、安全な場所からスケッチしてきた。……ねぇ、最高の結果じゃないか」
「これは“採取”だ。感情を混ぜるな」
ノクス・アルヴェインが仮面の奥から、地を這うような声で制する。
ミハイマールが指を止め、ひとつの数値を大きく投影した。
「鍵個体――アオト=ミナセ。都市同期率、暫定で二十七パーセント。……上昇速度が異常よ。同期に伴う強制負荷により、対象の生体反応に明らかな変異が生じている」
グラフが跳ねる。それはもはや、人間のバイタルデータではなかった。
「応答遅延、〇・七秒。……街を動かすたびに、彼の脳の一部がデジタルデータに書き換えられている。このまま連続干渉をかければ、二回目で“脳”が焼き切れるわね」
ミハイマールの言葉には、同情も称賛もなかった。ただ、使い古した部品の耐久テストを報告するような、冷徹な響き。
「……秩序が崩れるな」
アルディアスが低く呟く。その紅蓮の瞳が、空白の座標を睨み据えた。
「芽は、今のうちに摘む。……全火力を投入し、更地にするぞ」
「……短絡ね。だから武人は嫌いなのよ」
ミハイマールの刃のような声が、アルディアスの殺気を真っ向から遮った。
「今ここを焼けば、鍵のデータも街の深層も霧散する。貴重なサンプルを灰にするつもり? 私が欲しいのは、あの街の底にある『旧文明の深淵』。あなたが欲しいのは『秩序』。……なら、もっと賢いやり方があるはずよ」
アルディアスが拳を握り、ブリッジの床がわずかに軋む。だが、ミハイマールは怯まない。
「包囲、および断絶。……街を動かせても、中に入る食糧と水を絶てば、人は枯れる。人がいなくなれば、街はただの抜け殻よ。その時、弱り切った『鍵』を、ゆっくりと回収すればいい」
「処分、か」
ノクスが静かに同意する。
「例外が、例外でいられなくなる前に、仕分ける」
「じゃあ、次は僕の出番だね」
エミリオが身を乗り出し、獲物を見つけた子供のような瞳で笑った。
「遊ばないよ。……ただ、どんな顔をして壊れるのか、特等席で見たいだけさ」
ミハイマールが最後に、ひとつの血のような赤い数値を弾き出した。
「推定生存余命。現在の同期ペースを維持した場合――七十二時間」
三日。
それは、死神が提示した、あまりにも正確なカウントダウンだった。
◆ ファランシア/同時刻
灰色の街の地下で、都市基盤が微かに脈打っている。
それは、溺れかけている者が必死に求める息継ぎのような、苦しい振動だった。
地上では、焚き火の残り火がパチリと音を立てて爆ぜる。
アオトは義手を強く押さえ、膝をついたまま激しい吐き気を堪えていた。
脳の内側を、熱した針で直接掻き回されるような痛みが引かない。
「……アオト? 大丈夫?」
セリナが肩に手を置く。その感触さえも、今の彼には「情報量」として重すぎた。
「……ああ。大丈夫……だと、思う」
笑おうとしたが、頬の筋肉がうまく動かない。
視界の隅では、義手のログが絶え間なく警告を発していた。
同期。負荷。……侵食。
アオトは、自分の意識が少しずつ「自分自身の記憶」ではなく、「街の配管図」や「古い地層のデータ」に溶け出していくのを感じていた。
空は重く、静かだ。
けれど、その静寂が、無数の蜘蛛の糸となって街を包み込み、絞め殺そうとしているのが分かった。
「……三日、か」
誰にともなく呟く。
その声は、もはや自分のものか、街の軋み音なのか、自分でも判別がつかなかった。




