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第20話 踏み込まれる前に(アオト視点)

 静かすぎる朝だった。

 ファランシアの空には雲ひとつなく、昨日までの不穏なざわめきが、嘘のように消えている。

 その静けさが、胸の奥を冷たく撫でた。

 義手の内部ログを開く。

 視界に流れる赤い警告。

 昨日の戦いで、僕が積み上げてきた隠蔽アルゴリズムは剥がされた。

 街全体を覆っていた嘘――ホログラムは、もう七聖の目には透けて見えている。

(……“隠れられる”時間は終わった)

 次に来るのは、偵察じゃない。

 この場所を、地図から消すための“掃除”だ。

 簡易司令所に集まった全員の顔は、硬かった。

「三日以内に主力が来る。正面から受ければ、一分も持たずに全滅だ」

 地図投影を開くと、バルドが吐き捨てる。

「だろうな。あいつらの飛空艇は山を削る。瓦礫に隠れても、蒸発だ」

「……逃げるんですか?」

 エリーナの声が震えた。

 恐怖というより、ようやく手に入れた居場所を失うことへの怒りだった。

「いや。ここは見捨てない」

 僕は義手で、投影されたファランシアの中心を塗り潰す。

「この街を“点”として守るのはやめる。ここを“群体”にする」

「群体?」

 カイが眉を寄せる。

「中枢機能を解体して外縁に分散する。一つの心臓を狙わせない。無数の細い血管に、僕たちを散らす」

 一拍。

「……奴らの主砲に、狙う価値のない的を押し付ける」

「無茶だ」

 カイが机を叩いた。

「防衛線は崩れる。指揮系統も持たない」

「だから、僕が繋ぐ」

 義手をコンソールに叩きつける。

 火花が散り、高周波が頭蓋を突き抜けた。

「僕の脳をハブにする。

 そうしないと、ここは守れない」

 鼻の奥に、鉄の匂いが広がる。

 セリナが息を呑み、僕の肩に手を置いた。

「アオト……あなたの身体が持たないわ」

「持たせる」

 短く答える。

「ここで踏み潰されたら、レグノルの犠牲は何だったんだ」

 沈黙。

 やがて、バルドが大きく息を吐き、斧を担ぎ直した。

「……坊主がやるなら、俺もやる。それでいいだろ」

 それは戦術じゃない。

 逃げでもない。

 生き方の選択だった。

 作業は地獄だった。

 街のあちこちに、小さな“心臓”が埋め込まれていく。

 瓦礫の下。崩れた建物の影。地下通路の分岐点。

 エリーナは空から、網の目のように通信を張り巡らせる。

『第三ノード設置完了! ……でも、そっちの負荷が上がってる!』

「構うな。続けろ」

 膝をつき、義手から噴き出す熱を逃がしながら、強制同期を続けた。

 街が、僕の中に入り込んでくる。

 ざらついた石畳の感触。

 瓦礫を踏む子どもの足音。

 セリナが人々に声をかける、その微かな震え。

 すべてが信号となって、直接脳を削っていく。

(……痛いな)

 科学って、こんなに痛いものだったか。

 夜。

 焚き火のそばで、エリーナが隣に座った。

 翼は連日の強行偵察で、傷だらけだ。

「アオト……怖いのに、逃げたくないなんて。私、バカかな」

「……僕も同じだよ」

 動かなくなりかけた左手を、右手で押さえる。

「たぶん僕たちは、初めて“自分たちの手で”根を張ろうとしてる」

 エリーナは小さく笑い、そっと僕の肩に頭を預けた。

 その重さが、現実だった。

 ここにいる人間は、データじゃない。

 遠くで、セリナが最後の見張りを鼓舞している。

 カイが冷徹に、だが確実に、兵たちの装備を整えている。

 三日後。

 世界は僕たちを、無価値な虫として踏み潰しに来るだろう。

 それでも――

 情報で、あいつらの足を止める。

 踏み込まれる前に。

 僕は、この街そのものになる。

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