第19話 最初の触手(エリーナ視点)
空が、ざわついていた。
風向きの変化ではない。雲の揺らぎでもない。
――“世界”そのものが、外側から何かに押し広げられている。
私はファランシア上空を低速で旋回しながら、全神経を研ぎ澄ませた。
(……来る)
微弱。魔力反応は皆無。
だが、空間の座標がわずかにズレている。昨日の“観測”より、ずっと深く、厚かましく。
「カイ、北東上空。高度二千。未確認の空間歪曲、四点!」
通信石に叩きつける。地上では即座に炊き出しの煙が消え、人々がバルドの怒鳴り声と共に地下へ誘導されていくのが見えた。
◆
雲を割って現れたのは、「死神」を機械で模したような異形だった。
漆黒の外殻。飛行魔法の余韻も、推進装置の熱源もない。ただ、慣性を無視して宙を“滑って”くる。
「……ドローン? いや、違う」
アオトから聞いた知識。けれど、眼前のそれは機械の冷徹さと、生物の執拗さを併せ持っていた。
四体のユニットが、私を囲むように展開する。
「識別不能。七聖直属、自律型観測機……!」
先手を打つ。私は杖を構え、風の壁を練り上げた。
返答の代わりに、ユニットのレンズが赤く発光する。
直後、無音の光線が空を裂いた。
「っ……!」
反射的に回避するも、熱波が頬を焼く。
驚いたのはその次だ。敵は追撃せず、空中にグリフ(記号)を投射し始めた。私の回避速度、旋回半径、魔力の波形――。
(……殺す気じゃない。私の全データを、上空の艦へ転送してるんだ!)
「好き勝手に測らせるもんですか!」
気流加速。音を置き去りにし、一体の懐に飛び込む。
杖を叩きつけると、硬質な装甲が割れ、内部から不気味な白い液体が飛散した。
残り三体が、私の攻撃パターンを解析したかのように、精密な連携で射線を重ねてくる。
◆
地上から、アオトの苦しげな声が通信に割り込んだ。
『エリーナ、離れろ! そいつら、僕の“波長”を探してる。……街の中枢にハッキングを仕掛けてくるぞ!』
「させません! 今、通したら全部覗かれる……!」
『……なら、視覚遮断を被せる。三分が限界だ。……合わせろ!』
次の瞬間、私の視界で世界が“バグった”。
街の建物が反転し、偽の魔力反応が十数箇所から立ち上がる。アオトによる都市規模の電子戦。
観測ユニットのレンズが迷うように激しく明滅する。
「そこだっ!」
隙を見逃さず、もう一体を瓦礫の山へと蹴り落とす。激突音。沈黙。
だが、最後の一体が私の瞳をじっと覗き込んできた。
まるで、画面の向こう側にいる“誰か”と目が合ったような感覚。
ゾッとした瞬間、空間が紙を折るように畳まれた。
魔法ですらない、強制的な座標の消去。
「逃げた……!?」
◆
数分後。息を切らして地上に降りた私を待っていたのは、膝をつき、義手から煙を上げているアオトだった。
「……ごめん。一体、逃がした」
私が唇を噛むと、アオトは血の気の失せた顔で首を振った。
「いい。……今の数分で、僕の『隠蔽パターン』を半分以上解析された。次はもう、この嘘は通じない」
セリナ様がアオトの肩を抱き、空を見上げる。
カイが低く、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「“触手”を引っ込めたってことは、次は――」
「……ああ」
アオトが義手を強く握りしめる。
「次は、本体が“踏み潰し”に来る」
空は不気味なほど青く、静かだった。
けれど、誰もが知っている。
今、この瞬間にカウントダウンがゼロになったことを。




