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第19話 最初の触手(エリーナ視点)

 空が、ざわついていた。

 風向きの変化ではない。雲の揺らぎでもない。

 ――“世界”そのものが、外側から何かに押し広げられている。

 私はファランシア上空を低速で旋回しながら、全神経を研ぎ澄ませた。

(……来る)

 微弱。魔力反応は皆無。

 だが、空間の座標がわずかにズレている。昨日の“観測”より、ずっと深く、厚かましく。

「カイ、北東上空。高度二千。未確認の空間歪曲、四点!」

 通信石に叩きつける。地上では即座に炊き出しの煙が消え、人々がバルドの怒鳴り声と共に地下へ誘導されていくのが見えた。

 雲を割って現れたのは、「死神」を機械で模したような異形だった。

 漆黒の外殻。飛行魔法の余韻も、推進装置の熱源もない。ただ、慣性を無視して宙を“滑って”くる。

「……ドローン? いや、違う」

 アオトから聞いた知識。けれど、眼前のそれは機械の冷徹さと、生物の執拗さを併せ持っていた。

 四体のユニットが、私を囲むように展開する。

「識別不能。七聖直属、自律型観測機……!」

 先手を打つ。私は杖を構え、風の壁を練り上げた。

 返答の代わりに、ユニットのレンズが赤く発光する。

 直後、無音の光線が空を裂いた。

「っ……!」

 反射的に回避するも、熱波が頬を焼く。

 驚いたのはその次だ。敵は追撃せず、空中にグリフ(記号)を投射し始めた。私の回避速度、旋回半径、魔力の波形――。

(……殺す気じゃない。私の全データを、上空の艦へ転送してるんだ!)

「好き勝手に測らせるもんですか!」

 気流加速。音を置き去りにし、一体の懐に飛び込む。

 杖を叩きつけると、硬質な装甲が割れ、内部から不気味な白い液体が飛散した。

 残り三体が、私の攻撃パターンを解析したかのように、精密な連携で射線を重ねてくる。

 地上から、アオトの苦しげな声が通信に割り込んだ。

『エリーナ、離れろ! そいつら、僕の“波長”を探してる。……街の中枢にハッキングを仕掛けてくるぞ!』

「させません! 今、通したら全部覗かれる……!」

『……なら、視覚遮断ホログラムを被せる。三分が限界だ。……合わせろ!』

 次の瞬間、私の視界で世界が“バグった”。

 街の建物が反転し、偽の魔力反応が十数箇所から立ち上がる。アオトによる都市規模の電子戦ジャミング

 観測ユニットのレンズが迷うように激しく明滅する。

「そこだっ!」

 隙を見逃さず、もう一体を瓦礫の山へと蹴り落とす。激突音。沈黙。

 だが、最後の一体が私の瞳をじっと覗き込んできた。

 まるで、画面の向こう側にいる“誰か”と目が合ったような感覚。

 ゾッとした瞬間、空間が紙を折るように畳まれた。

 魔法ですらない、強制的な座標の消去。

「逃げた……!?」

 数分後。息を切らして地上に降りた私を待っていたのは、膝をつき、義手から煙を上げているアオトだった。

「……ごめん。一体、逃がした」

 私が唇を噛むと、アオトは血の気の失せた顔で首を振った。

「いい。……今の数分で、僕の『隠蔽パターン』を半分以上解析された。次はもう、この嘘は通じない」

 セリナ様がアオトの肩を抱き、空を見上げる。

 カイが低く、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「“触手”を引っ込めたってことは、次は――」

「……ああ」

 アオトが義手を強く握りしめる。

「次は、本体が“踏み潰し”に来る」

 空は不気味なほど青く、静かだった。

 けれど、誰もが知っている。

 今、この瞬間にカウントダウンがゼロになったことを。


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