第1話 滅びの王女
(セリナ視点)
炎の匂いが、まだ喉の奥に残っている。
瓦礫だらけの夜道を、私はただ走っていた。
王都レグノルは、もう街の形をしていない。
崩れた城壁。
焼け落ちた家々。
石畳には、赤黒い染みが点々と続いている。
ほんの数時間前まで――ここは、私の国だった。
「……っ」
足がもつれ、膝が折れそうになる。
泣きたい。
叫びたい。
でも、立ち止まったら終わりだ。
遠くの空が赤く染まっている。
七聖の魔法が刻んだ炎の跡だ。
彼らは“正義”の顔でやってきた。
転生者特権法に従わなかった。
旧文明の遺跡調査をやめなかった。
それだけで――国家は滅ぼされる。
抵抗した兵士たちは、名前を呼ばれただけで倒れた。
七聖の一人が振るった炎は、城壁を紙のように溶かした。
私は、最後まで残った護衛たちに押し出されるようにして地下へ逃がされた。
その護衛も、もういない。
たった一人。
私は、滅びた王国の王女として瓦礫の中を彷徨っていた。
「……お父様……」
声に出した瞬間、胸が裂ける。
最後に見た父の背中。
剣を構え、振り向かずに言った言葉。
『セリナ、生きろ』
それだけだった。
涙がこぼれそうになる。
でも――生きろと言われた。
なら、生きる。
それが、王女としての最後の務めだ。
◆
地下通路は、思っていたよりも深かった。
古い石段。
崩れかけた壁。
ところどころに、見慣れない金属の残骸が埋まっている。
魔力の気配が薄い。
ここは……ただの地下施設じゃない。
学者たちが言っていた言葉がよぎる。
――旧文明の遺構。
七聖が“異端”として封じた場所。
空気がひんやりと冷たく、静かで、まるで時間が止まっているようだった。
「……誰か、いますか……?」
返事はない。
奥へ進むと、淡い白い光が見えてきた。
巨大な円形の空間。
天井まで伸びる装置群。
そして――
白いカプセル。
中で、少年が眠っていた。
黒髪。
穏やかな寝顔。
年は……私より少し幼く見えた。
胸元には、魔法では作れない精密な金属の義手。
「……人……?」
思わず声が漏れる。
こんな場所に、生きている人がいるはずがない。
でも、彼の胸は確かに上下していた。
その時――
カプセルの縁が光った。
低い電子音。
聞いたことのない言語が空間に響く。
《生体反応確認》
《覚醒シーケンス、開始》
「え……?」
私は後ずさる。
光が強まり、装置が次々と起動していく。
床の文様が淡く輝き、部屋全体が白い光に包まれた。
怖い。
でも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
なぜか――
この人が、私の“最後の希望”だと感じたから。
ゆっくりと、少年のまぶたが震える。
そして。
灰色の瞳が、開いた。
私と、目が合う。
「……ここは……?」
掠れた声。
二千年の眠りから目覚めた少年が、静かに息を吸う。
その瞬間、私は理解した。
この出会いが――
世界を変える。
滅びの王女と、旧文明最後の遺民。
こうして、すべての再起動が始まった。




