第1話 目覚め (アオト視点)
冷たい。
それが、一番最初に感じた感覚だった。
深い水の底から、意識だけが引き上げられていく。
肺が空気を吸い込むたびに、胸が痛む。
(……生きてる?)
視界がゆっくりと開く。
崩れた天井。
垂れ下がる配線。
ひび割れたガラス越しに、灰色の空。
ここは病室じゃない。
自分が知る二千年前の風景でもない。
右腕が重い。
視線を落とす。
――金属の義手。
細い光が内部を脈打つように流れていた。
《基幹認証……部分再開》
脳裏に、マザーブレインのかすかな声が響く。
断片的な同期。
それでも、理解できた。
(……ここはアストレリウムじゃない)
世界は終わっていた。
文明は崩れ、都市は灰になり、
僕が眠っていた時間は――二千年を越えている。
そのとき。
《外部観測波……検知》
義手が微かに震えた。
空気が、ほんの一瞬だけ歪む。
(……誰かが、見ている?)
瓦礫の隙間から覗く灰色の空。
そのもっと上。
雲のさらに上。
“視線”のようなものが、確かにあった。
◆(ノクス視点)
雲海の上。
大気の薄い宙域に、一隻の観測艦が静止していた。
観測艦。
七聖専用、深層観測ユニット。
半球状の投影室に、赤い点が灯る。
「……反応確認」
仮面の観測者――ノクス・アルヴェインが呟く。
アルセリア大陸。
旧文明崩壊領域。
停止していたはずの座標。
死んでいたはずの都市。
かつて旧文明の都市基盤のひとつとして機能し、
完全停止した管理ノード。
そこに――反応が生まれた。
「識別コード……照合」
一拍。
「――一致。管理者権限保持者」
仮面の奥で、視線がわずかに揺れる。
「鍵が……目覚めた」
警報は鳴らない。
緊急でもない。
ただ、観測対象が“新たに出現した”。
「観測を継続する」
ノクスは淡々と記録した。
◆(アオト視点)
僕は、視線を動かし辺りを見回す。
瓦礫の向こうで、銀の髪の少女が剣を構えていた。
紫紺の瞳。
僕を、真っ直ぐに見つめている。
「……あなたは、誰?」
その声は強く、しかし震えていた。
僕は喉を鳴らし、言葉を絞り出す。
「……分からない」
本当は、少しだけ分かっている。
でも、この世界が変わりすぎていて、言葉にできなかった。
少女は剣を下ろさない。
「ここはレグノル王国の王城にある地下遺構よ」
王国。
その単語が、遠い記憶を刺激する。
「あなた……人間?」
僕は一瞬、答えに詰まる。
僕は人間だ。
でも今の世界から見れば――どう見えるのか分からない。
「……たぶん」
その瞬間。
義手が脈打った。
《観測波……再接近》
空気が、また歪む。
少女は気づいていない。
だが僕は理解した。
(……まだ見られている)
雲の向こう。
もっと上。
世界の外側から。
僕の目覚めは偶然じゃない。
誰かが“記録”を始めている。
そして――
この瞬間から、
世界の均衡は静かに崩れ始めていた。




