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第18話 小さな街の朝(セリナ視点)

 朝の光が、瓦礫の隙間から差し込んでいた。

 ファランシアの朝は、まだ静かだ。

 遠くで金属が擦れる音。

 誰かが瓦礫を動かしている。

 私は簡易司令所の外に立ち、街を見渡した。

 半壊した建物。

 焼けた石畳。

 それでも――人の動きがある。

 バルドが、防壁補強用の丸太を泥だらけで担いで歩いていた。

 肩に乗せたまま、通りすがりの子どもに声をかける。

「危ねぇから下がっとけ。昼には迎撃地点まで通れるようにする」

 カイは外周で兵たちと配置を確認していた。

「交代は一時間ごと。

 魔力探知は南側を厚く」

 短く、無駄のない指示。

 その声には、昨日よりわずかに緊張が混じっている。

 上空では、エリーナが低く旋回していた。

 屋根すれすれを飛びながら、何度もこちらへ合図を送ってくる。

 ……みんな、それぞれの場所で動いている。

 私は胸の奥が、少し温かくなるのを感じた。

「セリナ」

 振り返ると、アオトがいた。

 義手の光は抑えられている。

 けれど目の下には薄い影が残り、義手の内部から微かな警告音が漏れている。

「無理はしてない?」

「……してる」

 即答だった。

 思わず苦笑する。

「正直ね」

「街を維持するだけなら問題ない。でも、人が増えると負荷も増える」

 彼は街の方を見る。

「ここ、もう“廃都”じゃない」

「ええ。小さいけど……街よ」

 アオトは少し考えてから言った。

「七聖は、きっとここを“芽”だと思ってる」

「幼木、だったわね」

「うん」

 一拍。

「だから踏みに来る。三日以内に」

 分かっていた。

 それでも、口に出されると胸の奥が重くなる。

 私は視線を逸らさなかった。

「踏まれる前に、根を張るだけよ」

 アオトが、わずかに笑った。

 昼。

 即席の炊き出し場に列ができていた。

 バルドが大鍋をかき回しながら叫ぶ。

「押すな! 全員分ある!」

 子どもが転びそうになり、エリーナが空から降りて支える。

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 その横で、カイが警戒を続けている。

 戦場では鉄壁の騎士。

 今は、ただの“門番”。

 配給用の水袋を運びながら、ふと思った。

(この光景……守りたい)

 王女としてではなく。

 一人の人間として。

 夕方。

 街の中央に、小さな焚き火が灯った。

 人が集まり、静かな話し声が広がる。

 誰かが古い歌を口ずさみ始める。

 音程はずれているけれど、優しい。

 アオトは少し離れた場所で、義手を見つめていた。

 私は隣に立つ。

「疲れてる?」

「うん。でも……悪くない」

 焚き火を見る。

「人の声があると、街の反応が違う。

 数値じゃ説明できないけど……はっきり分かる」

 私は小さく微笑んだ。

「それが“生きてる”ってことよ」

 夜。

 上空のエリーナから通信が入る。

『異常なし。でも、遠方に微弱反応』

 カイが短く答える。

「記録だけ取れ」

 アオトが目を閉じる。

「……見られてる」

 私は剣の柄に触れた。

 分かっている。

 この静けさは、永遠じゃない。

 それでも。

 今この瞬間、この小さな街は確かに存在している。

 焚き火の明かりの中で、人々の顔を見つめる。

(来るなら来なさい)

 心の中で呟いた。

(ここは、もう空っぽの廃都じゃない)

 滅びの王女は、街の中心に立っていた。

 守るべきものを、はっきりと抱きながら。

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