第18話 小さな街の朝(セリナ視点)
朝の光が、瓦礫の隙間から差し込んでいた。
ファランシアの朝は、まだ静かだ。
遠くで金属が擦れる音。
誰かが瓦礫を動かしている。
私は簡易司令所の外に立ち、街を見渡した。
半壊した建物。
焼けた石畳。
それでも――人の動きがある。
バルドが、防壁補強用の丸太を泥だらけで担いで歩いていた。
肩に乗せたまま、通りすがりの子どもに声をかける。
「危ねぇから下がっとけ。昼には迎撃地点まで通れるようにする」
カイは外周で兵たちと配置を確認していた。
「交代は一時間ごと。
魔力探知は南側を厚く」
短く、無駄のない指示。
その声には、昨日よりわずかに緊張が混じっている。
上空では、エリーナが低く旋回していた。
屋根すれすれを飛びながら、何度もこちらへ合図を送ってくる。
……みんな、それぞれの場所で動いている。
私は胸の奥が、少し温かくなるのを感じた。
◆
「セリナ」
振り返ると、アオトがいた。
義手の光は抑えられている。
けれど目の下には薄い影が残り、義手の内部から微かな警告音が漏れている。
「無理はしてない?」
「……してる」
即答だった。
思わず苦笑する。
「正直ね」
「街を維持するだけなら問題ない。でも、人が増えると負荷も増える」
彼は街の方を見る。
「ここ、もう“廃都”じゃない」
「ええ。小さいけど……街よ」
アオトは少し考えてから言った。
「七聖は、きっとここを“芽”だと思ってる」
「幼木、だったわね」
「うん」
一拍。
「だから踏みに来る。三日以内に」
分かっていた。
それでも、口に出されると胸の奥が重くなる。
私は視線を逸らさなかった。
「踏まれる前に、根を張るだけよ」
アオトが、わずかに笑った。
◆
昼。
即席の炊き出し場に列ができていた。
バルドが大鍋をかき回しながら叫ぶ。
「押すな! 全員分ある!」
子どもが転びそうになり、エリーナが空から降りて支える。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
その横で、カイが警戒を続けている。
戦場では鉄壁の騎士。
今は、ただの“門番”。
配給用の水袋を運びながら、ふと思った。
(この光景……守りたい)
王女としてではなく。
一人の人間として。
◆
夕方。
街の中央に、小さな焚き火が灯った。
人が集まり、静かな話し声が広がる。
誰かが古い歌を口ずさみ始める。
音程はずれているけれど、優しい。
アオトは少し離れた場所で、義手を見つめていた。
私は隣に立つ。
「疲れてる?」
「うん。でも……悪くない」
焚き火を見る。
「人の声があると、街の反応が違う。
数値じゃ説明できないけど……はっきり分かる」
私は小さく微笑んだ。
「それが“生きてる”ってことよ」
◆
夜。
上空のエリーナから通信が入る。
『異常なし。でも、遠方に微弱反応』
カイが短く答える。
「記録だけ取れ」
アオトが目を閉じる。
「……見られてる」
私は剣の柄に触れた。
分かっている。
この静けさは、永遠じゃない。
それでも。
今この瞬間、この小さな街は確かに存在している。
焚き火の明かりの中で、人々の顔を見つめる。
(来るなら来なさい)
心の中で呟いた。
(ここは、もう空っぽの廃都じゃない)
滅びの王女は、街の中心に立っていた。
守るべきものを、はっきりと抱きながら。




