第17話 観測者たち(七聖サイド)
テンレア上空、高高度観測域。
雲海のさらに上。
大気の薄いその宙域に、七聖専用の観測艦は静止していた。
艦内中央、半球状の戦術投影室。
立体表示されたアルセリア大陸の上に、ひとつの赤点が灯っている。
――ファランシア。
「……思ったより早いな」
腕を組んだアルディアス・カグツチが、低く呟いた。
紅蓮色の瞳が、投影盤を睨む。
「都市定着率、二十三パーセント」
淡々と数値を読み上げたのはミハイマールだった。
長い銀髪を背に流し、細い指で情報層を操作している。
「人員流入速度、予測値の一・四倍。
生活圏再構築、初期フェーズ完了」
ノクス・アルヴェインは少し離れた位置で、仮面の奥から静かに眺めていた。
「……根を張ったか」
誰にともなく言う。
「鍵保持者は“戦わない”。代わりに、街を生かす」
アンリエットが小さく息を吐いた。
「厄介ね。武力より、よほど」
投影盤の横に、ジュリア・マクミルランの映像が浮かぶ。
『周辺諸都市で反転生者感情が微増しています』
『難民の移動と連動。連鎖の兆候あり』
アルディアスの表情が険しくなった。
「芽が出た瞬間に摘むべきだった」
「いいえ」
ミハイマールが首を振る。
「今潰しても、別の場所に同じ芽が出るだけ。
重要なのは、“どこまで伸びるか”を見極めること」
ノクスが続ける。
「観測フェーズは想定通りだ。
鍵保持者は都市と接続している。
だがまだ深層には届いていない」
一拍。
「今は“幼木”だ」
その時。
壁にもたれていたエミリオ・アクアマリンが、退屈そうに口を開いた。
「ねぇ。幼木ってさ」
軽い調子。
だが、その目だけが笑っていない。
「放っておくと、けっこう厄介になるよね」
誰も返事をしない。
エミリオは肩をすくめる。
「だからさ――水をやって様子を見る?
それとも、今のうちに踏んでおく?」
空気が、わずかに冷えた。
アルディアスが即答する。
「踏む」
低く、断定的な声。
「次は都市単位じゃない。
周辺ごと焼く」
アンリエットが視線を伏せる。
「……そこまでする?」
「する」
アルディアスは迷わない。
「“例外”を許せば秩序が崩れる」
ジュリアが補足する。
『飛空艇主力三個群、展開可能まで三日』
『同時に宗教圏へ圧力をかけます』
ノクスは静かに告げた。
「その前に、もう一度観測を入れる。
鍵が“どこまで触れるか”を」
ミハイマールが頷く。
「都市深層への干渉兆候が出た瞬間――」
アルディアスが引き取る。
「殲滅に移行」
戦術盤に、新たな進路線が描かれた。
すべてが、ファランシアへ収束していく。
◆
一方その頃。
ファランシア。
焚き火の灯りの下で、アオトは義手を見つめていた。
微弱な同期信号。
都市深部からの応答。
まだ不完全。
まだ浅い。
それでも、確かに繋がっている。
(……見られてるな)
理由は分からない。
証拠もない。
ただ、そう感じた。
遠くでエリーナが着地する音。
バルドの笑い声。
セリナの話し声。
小さな生活の音。
アオトは静かに息を吐く。
「来るなら来い」
誰にも聞こえない声で呟いた。
「その前に――」
義手を握る。
「もう少し、根を張らせてもらう」
空の向こうで、観測艦が進路を変え始めていた。
戦争ではない。
まだ殲滅でもない。
これは――
“次の段階”への準備だった。




