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第16話 風の兆し(エリーナ視点)

 朝の風は、昨日より少しだけ暖かかった。

 私はファランシア上空をゆっくり旋回しながら、街の輪郭をなぞる。

 崩れた尖塔。

 瓦礫の通り。

 あちこちで上がる小さな焚き火の煙。

 昨日までは、ただの廃都だった場所。

 今は、人の気配が戻り始めている。

(……すごいな)

 たった数日で、ここまで変わるなんて。

 下を見ると、バルドが即席の水路を掘っている。

 カイは外周警戒の配置を変えながら、部下に短く指示を飛ばしていた。

 そして中央区画。

 アオトとセリナ様が並んで歩いている。

 義手の投影を見ながら話すアオト。

 それを真剣に聞くセリナ様。

 自然すぎる距離。

「…………」

 私は小さくため息をついた。

(また近い)

 いや、分かってる。

 状況的に当然だし、アオトが街の中枢だから仕方ない。

 でも。

(もうちょっと離れてもよくない?)

 思ってしまう自分に、首を振る。

 仕事だ。仕事。

 高度を上げ、街の外縁へ視線を移す。

 昨日までは何もなかった方向。

 そこで、微かな違和感を感じた。

 風が……乱れている。

 魔力の流れじゃない。

 気圧の揺れでもない。

 もっと、人工的な――

(……え?)

 私はすぐに高度を落とし、通信石を叩いた。

「カイ! 北西二十キロ付近、風の流れがおかしいです!」

『具体的に』

「飛空艇航路の“残響”みたいな……でも艦影はありません」

 一瞬の沈黙。

『偵察の可能性は?』

「あります。でも通常の魔導索敵じゃ引っかからないタイプです」

 嫌な予感が、背中を走る。

 拠点へ戻ると、すでにアオトも異変を感知していた。

 義手の投影が淡く揺れている。

「……微弱な空間歪曲。ステルス航行だ」

 カイが眉を寄せる。

「七聖か?」

「たぶん」

 アオトは短く答えた。

「正確には“七聖直属じゃない観測ユニット”」

 セリナ様が静かに問う。

「つまり?」

「偵察。戦う気はない。でも、位置と成長速度を測られてる」

 私は拳を握った。

「見られてるってことですか」

 アオトは頷く。

「うん。たぶん今の僕たちは――」

 一拍。

「“育ち始めた芽”扱い」

 空気が重くなる。

 まだ弱くて、でも確実に根を張り始めた存在。

 その夜。

 焚き火の輪の外で、私は一人、空を見上げていた。

 星は見えない。

 雲の向こう。

 でも確かに、何かが動いている。

 アオトの言葉が頭に残る。

“芽”。

 踏み潰される前の、柔らかい段階。

(……簡単にやらせるわけない)

 私は深く息を吸う。

 空は私の場所だ。

 誰よりも早く気づける。

 誰よりも先に知らせられる。

 それが、私の役目。

 下を見る。

 小さな焚き火。

 人の声。

 アオトも、セリナ様も、バルドもカイも――みんなそこにいる。

「守る」

 小さく呟く。

 風が、髪を揺らした。

 それはまだ、嵐じゃない。

 でも確実に。

 次の戦いへ向かう風だった。

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