第16話 風の兆し(エリーナ視点)
朝の風は、昨日より少しだけ暖かかった。
私はファランシア上空をゆっくり旋回しながら、街の輪郭をなぞる。
崩れた尖塔。
瓦礫の通り。
あちこちで上がる小さな焚き火の煙。
昨日までは、ただの廃都だった場所。
今は、人の気配が戻り始めている。
(……すごいな)
たった数日で、ここまで変わるなんて。
下を見ると、バルドが即席の水路を掘っている。
カイは外周警戒の配置を変えながら、部下に短く指示を飛ばしていた。
そして中央区画。
アオトとセリナ様が並んで歩いている。
義手の投影を見ながら話すアオト。
それを真剣に聞くセリナ様。
自然すぎる距離。
「…………」
私は小さくため息をついた。
(また近い)
いや、分かってる。
状況的に当然だし、アオトが街の中枢だから仕方ない。
でも。
(もうちょっと離れてもよくない?)
思ってしまう自分に、首を振る。
仕事だ。仕事。
◆
高度を上げ、街の外縁へ視線を移す。
昨日までは何もなかった方向。
そこで、微かな違和感を感じた。
風が……乱れている。
魔力の流れじゃない。
気圧の揺れでもない。
もっと、人工的な――
(……え?)
私はすぐに高度を落とし、通信石を叩いた。
「カイ! 北西二十キロ付近、風の流れがおかしいです!」
『具体的に』
「飛空艇航路の“残響”みたいな……でも艦影はありません」
一瞬の沈黙。
『偵察の可能性は?』
「あります。でも通常の魔導索敵じゃ引っかからないタイプです」
嫌な予感が、背中を走る。
◆
拠点へ戻ると、すでにアオトも異変を感知していた。
義手の投影が淡く揺れている。
「……微弱な空間歪曲。ステルス航行だ」
カイが眉を寄せる。
「七聖か?」
「たぶん」
アオトは短く答えた。
「正確には“七聖直属じゃない観測ユニット”」
セリナ様が静かに問う。
「つまり?」
「偵察。戦う気はない。でも、位置と成長速度を測られてる」
私は拳を握った。
「見られてるってことですか」
アオトは頷く。
「うん。たぶん今の僕たちは――」
一拍。
「“育ち始めた芽”扱い」
空気が重くなる。
まだ弱くて、でも確実に根を張り始めた存在。
◆
その夜。
焚き火の輪の外で、私は一人、空を見上げていた。
星は見えない。
雲の向こう。
でも確かに、何かが動いている。
アオトの言葉が頭に残る。
“芽”。
踏み潰される前の、柔らかい段階。
(……簡単にやらせるわけない)
私は深く息を吸う。
空は私の場所だ。
誰よりも早く気づける。
誰よりも先に知らせられる。
それが、私の役目。
下を見る。
小さな焚き火。
人の声。
アオトも、セリナ様も、バルドもカイも――みんなそこにいる。
「守る」
小さく呟く。
風が、髪を揺らした。
それはまだ、嵐じゃない。
でも確実に。
次の戦いへ向かう風だった。




