第15話 根を張る者(アオト視点)
朝の空気は、まだ灰の匂いを含んでいた。
ファランシアの外縁に立ち、ゆっくりと息を吸う。
義手の内部温度はようやく危険域を抜けたところで、
視界の端はまだわずかに揺れていた。
(……ギリギリだな)
昨夜の都市干渉。
防壁、視覚攪乱、地盤制御――
本来なら都市AIが分散処理する仕事を、僕は単独で回した。
代償は、確実に身体へ残っている。
「アオト」
振り返ると、セリナがいた。
「立ってて大丈夫?」
「うん。今は」
本当は“万全”じゃない。
でも、今の僕に言えるのはそれだけだった。
セリナはそれ以上追及せず、街の方へ視線を向ける。
瓦礫の間を人が動き始めていた。
バルドが指示を飛ばし、カイが警戒線を組み直し、
エリーナが低空を巡回している。
戦いは終わった。
でも、生き残った人たちの一日は、ここから始まる。
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◆
簡易司令所。
崩れた市庁舎の一角に、地図と簡易端末を並べた即席の作戦卓。
カイが報告する。
「外周警戒は二重。接近兆候があれば、最短三分で全体に共有できます」
バルドが腕を組む。
「瓦礫撤去は南側からだ。地下二区画まで通路を繋げる。負傷者はそっちへ」
エリーナが続く。
「上空索敵は私が回します。魔導反応と飛空艇の影、両方チェックします」
僕は義手の投影を開いた。
都市構造図。
地下炉心。
環境制御層。
「……街の安定化は、僕が引き受ける」
全員の視線が集まる。
「でも、全部は無理だ」
はっきり言った。
「今の僕じゃ、ファランシアを“完全制御”できない。
できるのは、最低限の維持だけ」
短い沈黙。
セリナが頷く。
「十分よ。私たちは“国”を作りたいんじゃない」
一拍。
「生き延びたいだけ」
その言葉に、皆が静かに同意した。
役割は決まった。
僕は基盤。
カイは防衛。
バルドは復旧。
エリーナは空。
セリナは人。
誰か一人が欠けたら、すぐ崩れる。
それでも――今は、それでいい。
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◆
義手を通して、都市の深部を覗く。
ファランシアは“生きている”。
七聖が使う旧文明技術は、すべて外付けだ。
センサー、増幅器、簡易制御端末。
便利な部品を繋ぎ合わせた“道具”。
でも、ここは違う。
この街は、都市そのものが一つの生命体のように設計されている。
環境、エネルギー、人の動線――
全部が連動している。
(……七聖は技術を“使ってる”)
でも。
(僕は、この街と“繋がってる”)
それが決定的な差だった。
破壊のための科学と、生活のための科学。
どちらが強いかは分からない。
でも、どちらが長く残るかは――分かっている。
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◆
午後。
瓦礫の影で、子どもが泣いていた。
セリナがしゃがみ込み、目線を合わせて話している。
バルドがしゃがみ込み、無言で木杯を差し出す。
水はぬるく、決して美味しいものじゃない。
「……飲め」
子どもは一瞬だけ迷ってから、恐る恐る口をつけた。
「無理させるな」
少し離れた場所で、カイが周囲を確認しながら言う。
「東側の瓦礫、まだ不安定だ。近づかせるな」
指示は短い。けれど、視線は何度もこちらへ戻ってくる。
上空から降りてきたエリーナが、僕の横に並んだ。
「アオト、三分だけ休憩してください」
「……顔色、かなり悪いです」
命令口調に近いのに、不思議と反論する気になれなかった。
僕はその光景を、少し離れた場所から見ていた。
(……これでいい)
派手な勝利はない。
英雄的な逆転もない。
ただ、根を張る。
それだけだ。
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◆(七聖側)
高高度観測域。
ノクスの仮面が淡く光る。
「定着が始まった」
ミハイマールが静かに応じる。
「都市に人が戻り始めています」
アルディアスは腕を組んだまま、低く言った。
「ならば次は“街”ではない」
一拍。
「“芽”を摘む」
空の向こうで、飛空艇の進路が再設定される。
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◆(アオト視点)
夕暮れ。
街に、小さな焚き火が灯り始めた。
僕は義手を見つめ、静かに呟く。
「……今の僕じゃ、世界は変えられない」
でも。
「ここは守れる」
ファランシアは、まだ不完全だ。
僕も、未完成だ。
それでも。
滅びた街に、再び人の足音が戻り始めている。
だから僕は今日も繋ぐ。
壊すためじゃなく、続けるために。
嵐は、きっとまた来る。
その時までに――
僕たちは、もう少し強くなっている。




