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第15話 根を張る者(アオト視点)

 朝の空気は、まだ灰の匂いを含んでいた。


 ファランシアの外縁に立ち、ゆっくりと息を吸う。

 義手の内部温度はようやく危険域を抜けたところで、

 視界の端はまだわずかに揺れていた。


(……ギリギリだな)


 昨夜の都市干渉。

 防壁、視覚攪乱、地盤制御――

 本来なら都市AIが分散処理する仕事を、僕は単独で回した。


 代償は、確実に身体へ残っている。


「アオト」


 振り返ると、セリナがいた。


「立ってて大丈夫?」


「うん。今は」


 本当は“万全”じゃない。

 でも、今の僕に言えるのはそれだけだった。


 セリナはそれ以上追及せず、街の方へ視線を向ける。


 瓦礫の間を人が動き始めていた。

 バルドが指示を飛ばし、カイが警戒線を組み直し、

 エリーナが低空を巡回している。


 戦いは終わった。

 でも、生き残った人たちの一日は、ここから始まる。


---



 簡易司令所。

 崩れた市庁舎の一角に、地図と簡易端末を並べた即席の作戦卓。


 カイが報告する。


「外周警戒は二重。接近兆候があれば、最短三分で全体に共有できます」


 バルドが腕を組む。


「瓦礫撤去は南側からだ。地下二区画まで通路を繋げる。負傷者はそっちへ」


 エリーナが続く。


「上空索敵は私が回します。魔導反応と飛空艇の影、両方チェックします」


 僕は義手の投影を開いた。

 都市構造図。

 地下炉心。

 環境制御層。


「……街の安定化は、僕が引き受ける」


 全員の視線が集まる。


「でも、全部は無理だ」


 はっきり言った。


「今の僕じゃ、ファランシアを“完全制御”できない。

 できるのは、最低限の維持だけ」


 短い沈黙。


 セリナが頷く。


「十分よ。私たちは“国”を作りたいんじゃない」


 一拍。


「生き延びたいだけ」


 その言葉に、皆が静かに同意した。


 役割は決まった。


 僕は基盤。

 カイは防衛。

 バルドは復旧。

エリーナは空。

 セリナは人。


 誰か一人が欠けたら、すぐ崩れる。

 それでも――今は、それでいい。


---



 義手を通して、都市の深部を覗く。


 ファランシアは“生きている”。


 七聖が使う旧文明技術は、すべて外付けだ。

 センサー、増幅器、簡易制御端末。

 便利な部品を繋ぎ合わせた“道具”。


 でも、ここは違う。


 この街は、都市そのものが一つの生命体のように設計されている。

 環境、エネルギー、人の動線――

 全部が連動している。


(……七聖は技術を“使ってる”)


 でも。


(僕は、この街と“繋がってる”)


 それが決定的な差だった。


 破壊のための科学と、生活のための科学。

 どちらが強いかは分からない。

 でも、どちらが長く残るかは――分かっている。


---



 午後。

 瓦礫の影で、子どもが泣いていた。


 セリナがしゃがみ込み、目線を合わせて話している。


 バルドがしゃがみ込み、無言で木杯を差し出す。

 水はぬるく、決して美味しいものじゃない。


「……飲め」


 子どもは一瞬だけ迷ってから、恐る恐る口をつけた。


「無理させるな」


 少し離れた場所で、カイが周囲を確認しながら言う。


「東側の瓦礫、まだ不安定だ。近づかせるな」


 指示は短い。けれど、視線は何度もこちらへ戻ってくる。


 上空から降りてきたエリーナが、僕の横に並んだ。


「アオト、三分だけ休憩してください」

「……顔色、かなり悪いです」


 命令口調に近いのに、不思議と反論する気になれなかった。


 僕はその光景を、少し離れた場所から見ていた。


(……これでいい)


 派手な勝利はない。

 英雄的な逆転もない。


 ただ、根を張る。

 それだけだ。


---


◆(七聖側)


 高高度観測域。


 ノクスの仮面が淡く光る。


「定着が始まった」


 ミハイマールが静かに応じる。


「都市に人が戻り始めています」


 アルディアスは腕を組んだまま、低く言った。


「ならば次は“街”ではない」


 一拍。


「“芽”を摘む」


 空の向こうで、飛空艇の進路が再設定される。


---


◆(アオト視点)


 夕暮れ。


 街に、小さな焚き火が灯り始めた。


 僕は義手を見つめ、静かに呟く。


「……今の僕じゃ、世界は変えられない」


 でも。


「ここは守れる」


 ファランシアは、まだ不完全だ。

 僕も、未完成だ。


 それでも。


 滅びた街に、再び人の足音が戻り始めている。


 だから僕は今日も繋ぐ。

 壊すためじゃなく、続けるために。


 嵐は、きっとまた来る。


 その時までに――

 僕たちは、もう少し強くなっている。

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