第10話 目覚める都市(セリナ視点)
空気が、変わった。
言葉にできない違和感。
けれど確かに、廃都ファランシア全体が静かに“息を吸った”。
私は背後を振り返る。
アオトが、地面に片膝をついていた。
義手が淡く光り、街の奥へと細い光の筋が伸びている。
「……アオト?」
彼は顔を上げないまま答えた。
「大丈夫。今――街と話してる」
街と。
普通なら冗談だと思う言葉。
でも、今は不思議と信じられた。
瓦礫の下。
崩れた建物の基礎。
見えない地下構造。
それらすべてが、微かに共鳴している。
「ちっ……何だ、このノイズは!」
魔導兵の隊列が乱れ始めた。
「索敵が戻らない!」 「座標補正がズレてる!」
黒装束の兵たちが周囲を警戒する。
その中央で、エミリオだけが楽しそうに笑っていた。
「なるほどね」
肩をすくめる。
「都市レイヤー直結。完全正規アクセス」
軽く口笛。
「これは……ズルい」
彼は部下たちに手を振った。
「はいはい、深追い禁止」
「でも――」
一人が食い下がる。
「王女は目の前です!」
エミリオは振り返りもせず言った。
「今突っ込んだら、全滅するよ」
即答だった。
魔導兵たちが息を呑む。
「……撤退準備」
不満を抱えつつも、彼らは後退態勢に入る。
その瞬間だった。
地面が、鳴った。
重低音。
地鳴り。
瓦礫の隙間から、淡い光のラインが浮かび上がる。
それは魔法陣じゃない。
もっと直線的で、無機質な幾何学。
「な……!」
魔導兵の足元で、地面が隆起する。
石畳がスライドし、即席の防壁が形成されていく。
「街が……動いてる……?」
誰かが呟いた。
私は息を呑んだ。
建物の残骸が再配置され、通路が閉じ、視界が遮断される。
敵の隊列が、強制的に分断された。
そして――
「今だ!」
カイの号令。
彼が突入し、最前列の魔導兵を打ち倒す。
エリーナの風刃が後衛を崩し、バルドの魔力弾が遮蔽物を吹き飛ばす。
私は剣を抜き、前へ出た。
王女としてじゃない。
一人の戦士として。
迫ってきた兵の剣を弾き、体勢を崩したところへ踏み込む。
初めての実戦。
怖さはあった。
でも――
不思議と、迷いはなかった。
背後に、アオトがいる。
街そのものが、味方になっている。
それだけで十分だった。
数分後。
残った魔導兵は煙幕を張り、完全撤退。
廃都に再び静寂が戻る。
私は肩で息をしながら、アオトの元へ駆け寄った。
「……終わった?」
「うん。とりあえずは」
彼は立ち上がり、少し疲れたように笑った。
「本当に……街を動かしたの?」
「正確には」
義手を見る。
「街が、僕を受け入れた」
エリーナが興奮気味に飛んでくる。
「すごいです! 敵、完全に迷ってました!」
カイも静かに頷く。
「七聖の兵でも、通用しない領域だ」
私はアオトを見る。
まだ少年の顔。
でも、その背後に――途方もない力を感じる。
「アオト」
「なに?」
私ははっきり言った。
「あなたは、この世界の“切り札”よ」
彼は少し困ったように笑う。
「そういうの、あんまり好きじゃないんだけど」
それでも。
紅蓮の廃都で。
滅びの王女と旧文明の遺民は、確かな一歩を刻んだ。
これは小さな勝利。
けれど七聖にとっては――
“想定外”の始まりだった。




