プロローグ 二千年の眠り
城壁が崩れた。
夜空を裂く轟音とともに、炎が王都レグノルを呑み込む。
黒煙の向こう、七聖の紋章が揺れていた。
その日、レグノルは陥落した。
玉座の間で、王は娘の肩を強く掴む。
「生きよ、セリナ」
それだけを残し、王は剣を取った。
王族のみが知る秘密の通路。
崩れゆく城の奥へと続く、最後の道。
だが――
轟音。
崩落。
足元の石床に走った亀裂が、音もなく口を開く。
「――っ」
掴んだはずの手すりが砕け、
王女は闇へと落ちた。
落ちていく。
炎に包まれた王都が、遠ざかる。
王国という名の地上が、切り離される。
やがて衝撃が止む。
そこは、冷たい静寂に満ちた地下空間だった。
王都の底。
誰にも知られぬ空洞。
そして――
白いカプセル。
中央に鎮座する、異質な装置。
透き通る筐体の中で、ひとりの少年が眠っている。
黒髪。
細い指先。
まるで時間に閉じ込められたような、静かな寝顔。
セリナは息を呑む。
名も、素性も知らない。
だが胸の奥が、かすかに震えた。
やがて、装置の内部で低い唸りが響く。
淡い光。
微かな振動。
蒸気が噴き上がり、
扉が軋みを上げて開く。
少年の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
灰色の瞳が、初めて世界を映す。
その瞬間。
地下深く、誰にも届かぬ場所で、
ひとつの記録が更新された。
《対象:アオト=ミナセ》
《状態:覚醒確認》
《保護優先度:最上位》
少年の視線が、闇を裂く。
崩れた世界の底から、
何かが、始まろうとしていた。




