第0章「 断層の起源」
〇 封じ込めの設計者:ジョン・フォスター・ダレス
第二次世界大戦終結からわずか数年、世界は新たな形の戦争、すなわち冷戦へと突入していた。
1950年代初頭、この東アジアの海域を巡る対立の構造を、一人のアメリカの外交官が設計した。
ジョン・フォスター・ダレス。
当時の国務長官特別顧問であり、後に国務長官としてアメリカ外交の舵取りを担うことになるリアリストであった。
ダレスが東アジアを分析した眼差しは冷徹だった。共産主義勢力の拡大は、ユーラシア大陸の端から太平洋へと溢れ出そうとしていた。
特に、1949年の中華人民共和国建国と、続く1950年の朝鮮戦争は、西側諸国にとって、この勢いを何としてでも海で堰き止める必要性を決定づけた。
ダレスが構想した戦略的枠組みこそが、後に「第一列島線」(First Island Chain)」と呼ばれることになる、見えない防衛ラインである。
この線は、日本の九州南端から始まり、琉球列島(沖縄、奄美、宮古)、そして台湾、フィリピン、ボルネオ島へと連なる島々の連鎖である。
それは、単なる地理的な呼称ではなく、ソビエト連邦と共産中国の海軍を、太平洋という広大な舞台から引き離し、黄海と東シナ海という名の「内海」に閉じ込めるための、冷徹な「封じ込め戦略」の最前線であった。
ダレスの視点において、この列島線に沿って自由主義陣営の防衛拠点を構築することは、西太平洋の制海権を確保し、アメリカとその同盟国、特に日本や台湾の経済的繁栄と安全を保証する、絶対的な条件であった。
この時期、ダレスは日本との平和条約締結に尽力し、その後の日米安全保障条約の土台を築き上げた。
彼は、この島々の鎖が、後の時代に「歴史的な断層」として、アジアの運命を決定づける場所になると確信していたに違いない。
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〇 海洋強国の夢:劉華清
ダレスが引いた「鎖」の存在を、戦略的な目標として明確に意識し、その突破に生涯を賭けたのが、中国人民解放軍の海軍司令員、劉華清であった。
1980年代初頭、中国は「改革開放」の道を歩み始めていたが、その海軍力は沿岸警備に毛が生えた程度で、広大な海洋での作戦能力は皆無に等しかった。
劉華清は、「海軍が弱ければ、中国は永遠に真の大国にはなれない」という強い危機感を抱いていた。
彼は、アメリカが引いた「第一列島線」を、自国の海洋発展を阻む「屈辱の島嶼鎖」として捉えた。彼の目標は明確だった。
それは、中国を「近海防御型海軍」から脱却させ、「遠洋作戦型海軍」へと変貌させることであった。
劉華清は、この壮大な海洋強国への夢を実現するための、三段階からなる明確な戦略を策定した。
第一段階(2000年代まで): 「第一列島線」内部の海域、特に南シナ海や東シナ海において、アメリカと地域勢力の介入を拒否できるだけの支配力と作戦能力を確立する。
第二段階(2020年代まで): 「第二列島線」(小笠原諸島、グアム、サイパン)まで進出する能力を獲得し、この広大な海域でアメリカ海軍と対峙できる遠洋作戦能力を持つ。
第三段階(2050年まで): 世界一流の海軍を建設し、太平洋、インド洋、そして世界中の海洋で活動可能な真の海洋大国となる。劉華清の戦略は、その後、中国共産党の「海洋強国」という国家戦略として採用され、巨大な予算と技術が投入されていく。
2020年代の今、中国海軍は彼の予測を上回るペースで拡大を続け、第一列島線の突破という長年の目標達成が目前に迫っている。
ダレスの描いた「封じ込め」の鎖は、劉華清の「海洋強国」という熱烈な夢と、この現代において、かつてないほどの激しい緊張をもって対峙している。
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そして現代、歴史的な戦略の対立が、三人の若き魂の葛藤となって、今、燃え上がろうとしていることを意味する。
海上自衛隊の潜水艦のCICに座る新城 誠。
彼が守ると誓った故郷の海は、いまや最も危険な戦場へと変貌しつつあった。
中国人民解放軍の駆逐艦の艦橋に立つ張 耀。
彼が愛する祖国の夢は、かつて愛した台湾の女性の持つ最先端技術を奪うという、裏切りの任務と化していた。
そして、台湾の半導体技術者、林 慧敏。
彼女の指先にあるチップが、世界経済の生命線であり、彼女の選択が、日中台の運命を決定づける一瞬が、すぐそこまで迫っていた。
見えない線の上で、誰もが「正義」の名のもとに、愛と信念を賭けた極限の決断を迫られる。




