《第4話 桜門が開くとき》
桜色の光に包まれながら、一真としおりは“桜門”の前に立っていた。
架空の風が吹き抜け、桜の花弁がゆっくりと舞い落ちる。
現実の図書館はすでに溶けるように崩れ、
足元には境界が混ざり合った淡い空間が広がっていた。
しおりは両手で銀の鍵を握りしめ、深く息を吸った。
「桜井くん……この扉を開いたら、もう戻れないかもしれない。
“影の一真”に会うまで、ね」
一真は迷わず答えた。
「行くしかないだろ。
あいつを――俺を……放っとくわけにはいかない」
しおりは少しだけ微笑んだ。
その笑みには、どこか懐かしさが滲んでいた。
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◆ 桜門起動
しおりが鍵を持ち上げると、
桜の大樹の幹に刻まれた紋章が淡く光り、
地鳴りのような低い振動が広がった。
「“桜門”を開くよ……!」
銀の鍵が空間に触れた瞬間――
カチッ。
周囲の桜が一斉に輝き出し、
扉の輪郭がゆっくりと形を取っていく。
空間そのものが扉へと折れ、“向こう側の世界”が滲み出る。
その先には――
深い夜空のような空。
地平線の先で燃えるように光る赤い月。
そして、巨大な桜の森がどこまでも続いていた。
一真は息を呑む。
「……ここが、向こう側の世界……?」
しおりは頷いた。
「“残された君”が生きてきた場所。
そして、いま危機にある世界だよ」
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◆ 崩れゆく現実
背後では、黒い裂け目がさらに広がり、
図書館の面影すら残っていなかった。
影の腕が再び迫り、しおりが叫ぶ。
「もう時間切れだよ!!
行って、一真くん!!」
一真はしおりの手を掴み、強く引いた。
「お前もだ! 一緒に来い!!」
しおりの瞳が一瞬揺れた。
「……本当は、私は“案内役”だけのはずだった。
君が扉を越えたら私は役目を果たして消えるはずで――」
「そんなルール知らねぇよ!
お前なしで行くなんて無理だ!」
しおりの目が大きく開いた。
そして、ほんの少しだけ顔を赤らめた。
「……ずるいよ、そんな言い方……」
影の腕が迫る。
しおりは決意を込めて頷いた。
「じゃあ――一緒に行こう。一真くん」
二人は同時に桜門へ飛び込んだ。
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◆ 向こう側の世界へ
落下するでもなく、浮かぶでもない奇妙な感覚。
何層もの色が混じり合う回廊を抜け、
遠い鼓動のような音が響く。
そして――
目の前が開けた。
風。
桜。
赤い月。
どこまでも続く夜の森。
その中心に、
漆黒の桜が一本立っていた。
幹には鋭い刃物のような“爪痕”。
そしてその根元に、誰かが座り込んでいた。
赤い瞳が、ゆっくりこちらを向く。
「……来たか。俺」
影の一真が、微笑んだ。




