《第3話 二つの世界を選んだ少年》
図書館の天井に走ったヒビは、ゆっくりと閉じていくように消えた。
影喰いが撃退されたことで、現実がかろうじて形を保ったのだ。
桜井一真は肩で息をしながら、まだ熱の残る手のひらを見つめていた。
――俺の中に、こんな力が……?
しおりは深刻な表情で一真を見つめていた。
その瞳には、恐れではなく“覚悟”が宿っている。
---
◆「桜井くん、本当の話をするね」
しおりは静かに言った。
「君は一年前、
“現実世界”か“もう一つの世界”のどちらに残るか――
その選択を迫られたんだよ」
一真は息を呑んだ。
「待て。俺はそんなの……」
「覚えてないのは当然だよ。
“忘れさせられた”んだから」
しおりは胸元の小さな銀の鍵を握りしめた。
「二つの世界をつなぐ“桜門”は、
簡単に出入りできない場所。
君はその境目で……誰かを守るために片方を捨てたの」
その言葉に、一真の胸に鋭い痛みが走った。
守るために?
誰を?
---
◆紅い瞳の少年
しおりが言う。
「さっき君が会った紅い瞳の少年、覚えてる?」
一真は強く頷いた。
「あいつ……俺と同じ顔してた」
しおりは重く口を開いた。
「彼は“向こう側の世界”に残った、
**君の『影人格』**なんだよ」
一真は息を飲んだ。
影人格。
それは影喰いとは違う。
双子でも、クローンでもない。
――“分かたれた自分自身”。
「君は境界で、自分自身を二つにしたんだよ、一真くん」
その瞬間、頭の奥に断片的な声が蘇る。
――行くな。
――代わりに俺が残る。
――約束だ、一真。
そして紅い瞳。
「ぐっ……!」
一真は額を押さえた。
---
◆均衡が崩れ始める
しおりはそんな彼の肩へ手を添えた。
「覚えてきたね。
君は“影の一真”と契約して現実に戻った。
その代わり、彼は向こうで……ずっと戦ってる」
一真の胸が締めつけられた。
「じゃあ……今も?」
「うん。
でも――」
しおりの声が震えた。
「今日、その均衡が壊れたの」
その瞬間、
図書館の壁が液体みたいに揺れ始めた。
時計が逆回転し、空間がねじれる。
「……また来るのかよ!?」
しおりが叫んだ。
「逃げて!! “ここ”はもう現実じゃいられない!!」
---
◆空間崩落
床が波のように揺れ、天井から黒い裂け目が広がる。
影喰いとは比較にならない巨大な“影の腕”が迫ってくる。
「まずい……“境界崩落”が始まってる!」
一真は震える足を動かしながら叫ぶ。
「どうすりゃいいんだよ!」
しおりが振り返り、強く言い切る。
「桜門を開くしかない!
影の一真が“帰還”を望んでる!」
一真の桜紋が激しく脈打った。
胸の奥に浮かぶ言葉。
――俺は……帰らなきゃいけない場所がある。
しおりが一真の手を掴む。
「行くよ、桜井くん!!」
桜色の光が世界を包み、
巨大な桜の樹がその中心に現れ――
『境界の扉』が開いた。
---




