《第2話:彼女は“思い出している”》
雨は弱まり、図書館の外からわずかな光が差し込んでいた。
桜井一真は立ち上がり、正面に立つ少女――柚木しおりを見つめた。
彼女は普段、文芸部の隅で静かに本を読んでいるタイプだ。
人混みが苦手で、あまり目立つ存在ではない。
だが今のしおりは、
まるで“ここに立つことを最初から決めていた”ように落ち着いていた。
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◆ 「……なんで、ここに?」
一真がそう問うと、しおりは小さく微笑んだ。
「桜井くん、覚えてないよね。
……でも、それでいいの。まだ今は」
「覚えてない? 何を――」
しおりは一真の言葉を遮るように、一歩近づいた。
「手、見せて」
一真が戸惑いながら手を差し出すと、
彼女はその掌を両手で包み込んだ。
その瞬間――
ひやりとした空気が周囲を満たし、図書館の灯りがわずかに揺れた。
「やっぱり。ついてる……
“帰還花”の痕だ」
一真の手のひらには、ほんの一瞬だけ輝いた
桜の紋章が浮かび上がった。
「これは……?」
「まだ説明は全部できない。
でも、桜井くんが“選ばれた”のは確かだよ」
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◆ しおりは知っている
しおりは机にあった黒い本の位置を確認すると、少し安堵したように息をついた。
「本が開いちゃったんだね。
……ということは、“彼”に会った?」
紅い瞳の少年――
一真は無意識に息を飲んだ。
「……あいつ、誰なんだよ」
しおりは一真の目を見つめた。
その表情は優しいのに、どこか切実だった。
「彼は“もう一人の桜井一真”。
でも同時に――あなたが忘れた“選択”の結果でもある」
「は? 俺が……何か選んだ?」
「うん。
桜井くんは一度“世界の外側”を見たんだよ」
ふっと風が吹いたような気がして、
しおりの髪がわずかに揺れた。
「そして君は、片方を捨てた。
その代償が、今日になって動き出したの」
話の意味がわからなかった。
だが、本能的に理解した。
――彼女はウソを言っていない。
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◆ そして図書館が「裂けた」
しおりが続けようとした瞬間。
バキッ――
閲覧フロアの空気が、窓ガラスみたいにひび割れた。
「っ……来た!?」
しおりが一真の腕を掴む。
「桜井くん、下がって!」
空間の割れ目から、黒い煙のような“影”が這い出した。
形はない。目も足もない。
ただ“こちらへ向かってくる意思”だけが恐ろしいほど伝わる。
一真の呼吸が凍りついた。
「な、なんだよこれ……!」
影はゆらりと形を変えながら言葉にならない叫びをあげた。
しおりは震える声で呟いた。
「“影喰い(かげぐい)”……。
本が開くと最初に出てくる、記憶の捕食者……」
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◆ 一真が動いた
影が一真に向かって伸びた。
その瞬間――
一真の胸が灼けるように熱くなり、
彼は無意識に手を突き出した。
「離れろッ!!」
ドン――ッ!
衝撃波のような光が手のひらから放たれ、影を弾き飛ばした。
図書館の壁が震え、しおりが目を丸くした。
「……やっぱり覚醒してる……!
君、前よりずっと強い……!」
一真は息を荒くしながら手のひらを見つめた。
そこには、うっすらと輝く桜の紋章。
「俺……一体、何者なんだよ……!」
しおりは小さく首を振り、
そして迷いを断つように言った。
「桜井くん。
本当のことを話すね。
あなたは“二つの世界を選んだ少年”だったんだよ」
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つづく。




