《第1話:夜の図書館で出会った“もう一人の自分”》
放課後の雨は、まるで世界のノイズみたいに街をざわつかせていた。
16歳の 桜井 一真 は、傘も差さずに走りながら、学校近くの古い市立図書館へ向かっていた。
理由は、誰にも言えない。
――昨夜、夢の中で「誰か」に呼ばれた気がしたのだ。
声は低く、しかし優しく、こんなことを言った。
「来い。忘れたものを返しに来い」
正直、夢だと思ってスルーしたかった。
だが耳の奥に残ったその声が、一真をじわじわと引っ張っていく。
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◆ 夜の図書館
図書館は静かだった。
雨音が広いフロアの天井で反響し、まるで水の洞窟にいるようだ。
一真が奥へ進むと、誰もいないはずの閲覧室に、ぼんやりとした光が灯っていた。
古い木の机の上――一冊の、見たことのない黒い本。
タイトルは無い。
表紙には、なぜか 一真と同じ誕生日が刻印されていた。
「なんだ、これ……?」
本に触れた瞬間、視界が反転した。
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◆ “もうひとりの自分”
気づくと一真は、図書館の閲覧室ではなく、
巨大な桜の木が立つ白い空間に立っていた。
そして、そこに――
一真と同じ顔をした少年がいた。
だが瞳の色だけ違う。彼の瞳は、深い紅だった。
「やっと来たね」
「……え? お前、誰だよ」
紅い瞳の少年は微笑んで言った。
「オレは“奪われた側の君”だよ」
一真は意味がわからず言葉を失った。
少年は一真に向かって静かに手を伸ばす。
「君は知らないふりをしてきた。
でも、本当は覚えてるはずだ。
“あの日”、君が何を選んだのか――」
桜の花びらが舞い、風もないのに渦をつくる。
「戻ってきて、カズマ。
君の世界は、もうすぐ壊れる」
一真の胸に強い痛みが走った。
そして視界が再び白く染まる。
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◆ 目覚め
「ッ……!」
一真は図書館の床で目を覚ました。
辺りに誰もいない。黒い本も、紅い瞳の少年も。
ただ――
手のひらに 桜の花びら が一枚だけ残っていた。
その花びらは、光っていた。
淡く、暖かく、そしてどこか悲しげに。
「俺……いま、何を見たんだ?」
花びらが一真の掌でとけるように消えた瞬間、
図書館の影の奥から、カツ……カツ……と靴音が近づいてきた。
「桜井くん?」
同じ学校の少女、柚木 しおり が立っていた。
なぜこんな時間に? 一真が驚くより先に、彼女は静かに言った。
「ようこそ、“還り道”へ」
その瞳は、まるで全てを知っているかのように深かった。




