9月27日(木):同じ言葉で返されて
森の午後は静かだった。
風は少なく、空気は乾いている。枝葉のざわめきも今日は控えめで、どこか張りつめたような静けさが漂っていた。
夏の終わりと秋の始まりが同居するような陽気。
木々はまだ緑を保っていたが、足元にはところどころ、黄色くなりかけた葉が混じっている。
陽射しは鋭くなく、柔らかに地面を照らしていた。
リューリカの薬草小屋のまわりには、小さな花壇と干し棚がある。
ラベンダーはすでに摘み終え、いま干しているのはセージとレモンバーム。
香りは控えめだが、風が吹くたびにほのかに漂う。
壁沿いには木箱を並べて、乾燥を待つ薬草が寝かされている。
日陰を選んで置かれたそれらは、夏の陽に晒されないよう、布をかぶせていた。
午後の調合に取りかかろうとエプロンの紐を締め直していたときだった。
コン、コン
乾いた音が扉を叩く。
扉を開けると、クレメンスが、まるで”当然のように”そこに立っていた。
光のまだらな午後、葉の隙間からこぼれる陽射しを背に、彼は少しも迷った様子を見せない。
(……また来た)
前と同じ時間帯。昼食を終えたばかりのような顔で、整った外套の襟元を軽く整え、こちらをまっすぐに見ている。
赤銅色の三つ編みに指をかけかけて、リューリカは思わずため息を噛み殺した。
「こんにちは。今日も”暇そう”に見える格好で来ました」
「……は?」
扉を開けた手が止まる。
まるで心当たりのない冗談――ではなかった。
一瞬遅れて思い出す。前回、自分が言ったあの皮肉。
(よほど暇なんですね)――それを、そっくりそのまま返された。
「……覚えてたんですか、それ」
「覚えていますとも。なかなか印象的な歓迎でしたので」
涼しい顔。柔らかな声。けれど、目はまっすぐに見てくる。
それが厄介だった。
押し返せるほど強くもなく、無視できるほど軽くもない。
「……で、今回は誰?」
「エゼルさん宅の赤子、まだ咳が続いているそうです。喉の薬をお願いできれば」
「またあの家?お母さん、夜まで付き添って寝てないでしょ。子どもに飲ませるより先に、自分に休めって言いたいくらい」
「では今回は、母子ともに効くものを調合していただけると助かります」
鼻を鳴らして調合台へ向かいながら、リューリカは背後の気配に耳を澄ませた。
扉は閉まった。椅子がわずかに軋んだ音。だが、彼はそれ以上、余計な音を立てない。
(……皮肉を皮肉で返すやつなんて、村にはいなかったのに)
あれが偶然ではなく、意図的な応酬だったことは明らかだった。
しかも、”品行方正”の化身みたいな牧師が。
作業台に並んだ瓶を順に確認する。
まずマーシュマロウの根。少し湿り気を含んだそれをすり鉢に移し、指で砕くと、ねっとりした滑りが指先に残った。喉の炎症をやさしく包む、赤子にも使える薬草。
ヤロウの葉は小さくちぎると、独特の青臭さが立ちのぼる。微熱を取るにはこれがちょうどいい。
甘さと香りを補うために、アニスシードをひとつまみ。
瓶から出すと、香ばしさ野中にほのかな甘みがあった。
最後に、母親用として、パッションフラワー。切り取った乾燥葉を手で軽く揉むと、かすかに酸味と草の匂いが混じった香りが立つ。
これらを小鍋で一煮立ちさせ、煎じ袋に詰める。仕上げには蜂蜜。
甘みだけでなく、咳を和らげ、飲みやすさを加えるための仕上げだ。
「あの……」
ふと口をついたのは、袋の口を結んだ瞬間だった。
「え?」
クレメンスの返事は静かで、早かった。
まるで何かを言われることを待っていたかのような間だった。
「いえ、なんでもありません」
(聞いてどうするの、ね)
言いたくなったのは、たぶん皮肉のことではない。
ただ、”ああいう言い方をされると、調子が狂う”というだけのこと。
けれどそれを口にしたら、自分の方が一歩、距離を詰めてしまう気がした。
瓶を手渡すと、クレメンスは銀貨を差し出して言った。
「ありがとうございます。助かります」
「別に……私に言うより……効くといいですね、薬が」
「ええ。それから、”暇人の訪問”もお許しいただけると」
「それ、次から使うたびに課金しますよ」
「では、貯金しておきます」
まっすぐな目を向けたまま、さらりと言う。
冗談とも皮肉ともつかないその言葉に、リューリカは思わず返す言葉を探しかけ、代わりに布巾で作業台を拭いた。
去っていく背中を見送ったあと、ぽつりとつぶやく。
「……あの人、やっぱり普通じゃない」
けれど、誰に聞かせるでもなく、ただ小屋の中に残っただけだった。
外には風が吹き、セージの葉がかすかに揺れている。