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第一章:第十六節:ピキキ小屋の完成

トーマス一家の協力もあって、ピキキ小屋の建設は驚くほど順調に進んだ。そして、彼らが手伝いに来てくれた翌日の午後、ついにその小さな家禽小屋は完成の時を迎えた。

完成したピキキ小屋は、クレオと育人が住む母屋の三分の二程度の大きさだった。内部は、コの字型(U字型)の構造になっており、コの字の内側の空間がピキキたちの生活スペース、そしてコの字の開いた部分と中央の空間が、人間が世話をするための通路となっている。

ピキキたちの生活領域の地面には、ここ数日間、育人の指示でクレオが念入りに天日干しして虫の卵などを殺した清潔な土壌が厚めに敷き詰められていた。これは、ピキキが地面に直接卵を産む習性を考慮したもので、さらに、通路側から人の手が届きやすい場所に、クレオが手頃な大きさの浅い穴をいくつか掘り、その中には乾燥させた柔らかな草や藁、落ち葉などがふかふかと敷き詰められている。これは、メスのピキキたちが安心して卵を産めるようにと考えられた、即席の巣床だった。

通路側の壁は、ピキキたちが逃げ出さず、かつ中の様子が確認しやすいように、目の細かい蔓で編んだ柵になっている。そして、小屋の外周に面する壁は二層構造になっていた。内側は同じく蔓の柵で、外側には、育人が工夫して取り付けた、上下に開閉できる可動式の木の壁板が設置されている。これにより、育人たちが小屋にいて起きている間は壁板を開け放ち、ピキキたちに十分な日光を当て、小屋全体の換気を行うことができる。そして、彼らが留守にする時や夜間には壁板を下ろすことで、ピキキたちの逃走を防ぎ、同時にキツネやイタチのような外敵からの侵入も防げるようになっていた。

(これは予想以上に立派なものができたな。制作者は誰も専門的な建築業者というわけではないのに、これほどうまくいくとは思わなかった。もっとも、この世界の平民は、ある程度自分の家を自分で建てるのが一般的なのかもしれない。少なくとも、トーマス一家のイギリーさんも自分で土地を開墾し家を建てたと言っていたから、彼らは経験者ということになるのだろう)

育人は、完成したピキキ小屋を眺めながら、満足げに頷いた。

(土壌の天日干しは、本当は二週間以上は時間をかけた方がいいらしいが、今回は急ぎだったので仕方ない。これで効果があることを祈ろう。それに、今後の土壌交換のことや、冬になって天日干しの効果が薄くなる時期のことも考えると、これからも定期的に天日干しを続ける必要があるな……もっと効率的で良い方法が見つかるまでは)

「へっへっへ、こいつはなかなか立派なもんだ。我々も、けっこうな仕事をしたじゃないか!」

イギリーは、完成したピキキ小屋を満足そうに見回しながら、豪快に笑った。トンチも誇らしげに胸を張っている。

「わぁ、すごい! 早速、ピキキたちを入れてみましょうよ、育人先生!」

アンが、目をキラキラさせながら育人に駆け寄ってきた。その声は期待で弾んでいる。

「うん! ピキキたち、連れてくるね!」

クレオも、アンの言葉に嬉しそうに頷くと、ピキキたちがいる仮の囲いの方へと駆けだそうとした。

「あたしも手伝うわ、クレオ姉さん!」

アンも、クレオの後を追おうとする。

「あ、ちょっと待ってくれ、二人とも」

育人は、そんな彼女たちを呼び止めた。

「クレオちゃん、アンちゃん。オスのピカピキは、ひとまず今の囲いにそのまま置いておいて、メスの四羽だけを新しい小屋に連れてきてもらえるかな?」

「え、どうして?」

アンは、育人のその指示に、きょとんとした顔で首を傾げた。ピキキを新しい小屋に入れるのに、なぜオスだけを別にする必要があるのか、彼女には理解できなかった。

すると、隣にいたクレオが、アンの疑問に答えるように口を開いた。

「あ、思い出した! 前に先生が言ってたやつだよね? オスがいるかいないかで、メスが卵を産むのを頑張るか、それともサボっちゃうか、そういう実験をするんでしょ?」

クレオは、数日前に育人から聞いた話をしっかりと覚えていたようだ。その赤い瞳は、どこか得意げに輝いている。そして、育人の方をちらりと見て、褒めてほしそうに小さく胸を張った。

育人は、そんなクレオの様子に微笑み、優しく頷いた。

「ああ、そうだね。クレオちゃんは、ちゃんと私の言うことを覚えていてくれて偉いな。えらい、えらい」

「えへへ……」

クレオは、育人に褒められて、嬉しそうにフードの下に白いフェレット耳がぴこぴこと微動した。

「じゃあ、ピピキキたち、連れてくるね!」

クレオは元気よく言うと、アンと一緒にピキキたちがいる仮の囲いの方へと駆けていった。

やがて、クレオとアンが、それぞれ二羽ずつメスのピキキを抱えて戻ってきた。四羽のメスピキキ――最も体型が大きい「プピキキ」、一番新入りの「ペピキキ」、小柄で敏捷な「ピピキキ」、そして少し臆病な「パピキキ」――は、新しい小屋の入り口で、そっと解放された。

最初に小屋へ足を踏み入れたのは、好奇心旺盛なペピキキだった。彼女は用心深く、しかし確かな足取りで中へ進み、きょろきょろと新しい環境を見回している。その後に続いたプピキキは、入るやいなや地面の藁を熱心につつき始めた。何か新しい発見があるかもしれないとでも言うように。

ピピキキは、他の二羽とは違い、軽快に小屋の中に飛び込むと、あっという間に止まり木として用意された横木の一番高い場所に陣取った。その様子は、どこか興奮しているようにも見える。

そして、最後に入ってきたのはパピキキだった。彼女は、最初は入り口で少し躊躇していたが、仲間たちが新しい家の中で思い思いに過ごしているのを見て安心したのか、ゆっくりと、しかし確実に中へと歩を進めた。

「これからは、しっかり観察して、ピキキたちが快適に過ごせるように、そしてたくさん卵を産んでくれるように、色々試していかないとね。うまくいくといいな」

育人は、新しい住処で少しずつ落ち着きを取り戻していくピキキたちを見つめながら、感慨深げに呟いた。

「先生が設計してくれた小屋なんだから、きっと大丈夫だよ!」

クレオが、育人の言葉に力強く頷いた。アンも、その隣でこくこくと頷いている。

「よし! それじゃあ、これにてピキキ小屋落成の打ち上げだ! ……と言いてえところだが、残念ながらこんな森の中にゃあ、気の利いた酒もねえな!」

イギリーが、少し残念そうな声で、しかし相変わらず豪快に笑った。

「父ちゃん、俺が家に取ってくるよ!」

トンチが、待ってましたとばかりに元気よく手を挙げた。

「このバカ兄貴! 家まで往復してたら、日が暮れちゃうでしょ!」

すかさずアンが、トンチの脇腹に肘鉄を食らわせる。

「ははは、打ち上げは、また今度にしようか。このピキキ産卵計画が成功した暁に、みんなで盛大にお祝いしようじゃないか」

育人は、微笑ましい兄妹のやり取りを眺めながら、そう提案した。

「そうだな! もし本当に成功したら、育人先生、うちの鶏小屋の設計、絶対に忘れないでくれよな!」

イギリーは、育人の肩を再びバンバンと叩きながら、念を押すように言った。

皆がピキキ小屋の完成を喜び、これからの期待に胸を膨らませている、そんな和気あいあいとした雰囲気の中だった。

不意に、クレオが育人のそばにすっと近づき、彼の服の裾をぎゅっと強く握りしめた。

育人は、クレオのその行動に気づき、彼女の緊張した気配を敏感に感じ取った。しかし、今回はアンに対するヤキモチの時とは明らかに様子が違う。育人には、彼女が何に怯え、何を警戒しているのか、すぐには心当たりがなかった。

「どうしたんだい、クレオちゃん?」

育人は、できるだけ優しい声で尋ねた。彼のその声に、イギリー、トンチ、そしてアンの三人も、一斉にクレオへと「何かあったのか?」という疑問の表情を向けた。

「み、みんな、ごめんなさいっ!」

突然、クレオが大きな声で叫んだ。その声は、普段の彼女からは想像もできないほど大きく張り上げられていたが、よく聞くと細かく震えているのが分かる。

(何か悪いことでもしたのか……?)

育人は一瞬そう考えたが、クレオのその「ごめんなさい」という言葉が、自分ではなく、イギリーたちトーマス家の人々に向けられていることに気づき、内心で彼女が何をしようとしているのか、うすうすと察しがついた。

育人は、何も言わずにクレオの小さな手をそっと取り、優しく握りしめた。大丈夫だ、と伝えるように。


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