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第六章:第19.5節:帝都 中篇

(ここからはエイルゼリア・クォノッソフィ・イーラノルド・レイシヘイラの一人称)


グラハムが去った後も、周囲の人々はすぐにバーバラちゃんに声をかけようとはしません。どうやら、「伯爵」がどうのこうのと言い出した、あの老人を警戒しているのでしょう。


バーバラちゃん自身も、その老人に複雑な表情を向けています。目の前の危機から救い出してくれたことへの感謝と、その「妾」がどうとかいう嘘に対する拒絶が、混じり合っているようですわね。


「お嬢ちゃん、あれは真っ赤な嘘だよ。わしは、本物の伯爵様とは何の関係もない。ちょいと手品で、偽物の伯爵家の紋章を見せただけさ。ああいう程度の男には、見分けなどつきはしないよ」


「……ほ、本当ですか? わたくし、伯爵様の妾になど、ならなくていいのですか?」

バーバラちゃんは、まるで救いの藁にでもすがるように、老人に尋ねました。


「本当さ。しかし、お嬢ちゃんがずっとここにいては、いつか嘘がバレてしまう。できれば、ここ数日のうちに荷物をまとめて、いつでも逃げられるように準備しておいた方が良い」


「でも、わたくしには行く当てもありませんし、家にはまだ幼い弟が五人もおります。今のところは、両親が残してくれたこの果樹園があるから、何とか生きていけますけれど、他の場所へ行ったら、どうやって弟たちを養えばいいのか……」


「それは、わしにも分からん。しかし、本当にあのグラハムとかいう男にまた捕まったら、弟たちを養うどころの話ではなくなるだろう?」


「それは、そうですけれど……。とにかく、本日はありがとうございました。わたくしのために、ご自身が危険に晒されるかもしれないのに……」

バーバラちゃんは、深くお辞儀をしました。


「まあまあ、わしは気まぐれだからな」


わたくしは、バーバラちゃんに声をかけたい。ですが、今のこの「エミリア」という姿では、彼女とは知り合いではない。今は、ぐっとこらえるしかありませんわ。任務が完了したら、できるだけ、バーバラちゃんも連れて帰ろう。


しかし、これでは、バーバラちゃん一人しか救えないではありませんか。他の人々は? お祖父様……陛下は、いつ深淵からお戻りになられて、この茶番を終わらせてくださるのでしょう。


「なーにを考えているのですかな、エミリアさん。あのお嬢ちゃん一人だけ救えたところで、何の意味もないとでも思ったかな?」

老人が戻ってきて、わたくしにそう尋ねました。


全く見抜かれているわけではないけれど、ある程度は当たっている……


「えぇ……まあ、そのようなところですわ」

「全員を助けるというのは、無理な話ですな。まあ……全員がこのような目に遭うというわけでもあるまい。そうじゃな、人間である以上、こういう時は慎んで暮らしておれば、オーグスト陛下がお戻りになるまで、無事でいられると思いますぞ。辛いでしょうがな」


そんなことまでご存知とは……この方も、冒険者ギルドの、かなり上層部の人間であることは間違いありませんわね。重要支部の支部長以上の幹部か、S級の中でも極めて特殊な存在か……。今度の任務は、それほどまでに重要なのですか? S級の方が、わたくしのサポートをしてくださるなんて


「なーに、勘違いなさるな。君の任務を手伝うつもりはあったが、わしが帝都にいる理由は、それとは全く関係ない……」


「おっと、自己紹介が遅れましたな。わしは、この帝都の新しい支部長だ。まあ……当面は、暗部の形で運営することになるが……。名前は……今度は、ベルトン・ダンテスとしておこうか。ダンテス支部長とでも、お呼びくだされ」


「今度は?」

この方も、わたくしのように偽名をお使いになるのかしら。


「そうよ。今度は、な。まあ、あだ名なら聞いたことがあるやもしれん。『大詐欺師』、『人形遣い』、『得体の知れない者』……まだまだあるが、これくらいにしておこうかの」


大詐欺師、人形遣い……聞いたことがありますわ。大昔に、一人で人形を操り、大規模な詐欺事件を起こして、帝国から指名手配されているという……。


つまり……

「これは、人形なのですか? よくできておりますわね。全く、見分けがつきません……」


「いいや……これは人形ではあるまい……」

「ご本人がいらっしゃっていると?」

「人形ではあるまいが、本人でもあるまい。わしは『人形遣い』などという異名を持っているが、人形なんぞ、操ったことは一度もない」


「どういうことですの?」

「まあ、ご自分で当ててごらんなさい。ネタをばらしたら、面白くないからな」

「はあ……。まあ、ご本人でなければ、指名手配のことを心配する必要もありませんわね」

「本人であったとしても、これをちっとも心配せんよ。名前も、肖像も、特徴すら書かれていない指名手配書に、何の意味があるというのかね?」


まあ……それもそうですわね。


「そもそも、わしを指名手配犯にすること自体がおかしいのだ。わしが騙し取った財宝は、かのバンビール公爵の不法所得だったのだぞ。末代のバンビール公爵が処刑された今となっては、指名手配を取り消してもいいくらいじゃ。むしろ、褒めるべきではあるまいか」


「あれは、わたくしが決めたことではありませんわ。そもそも、その時にはまだ生まれておりませんでしたし……」


たとえバンビール公爵が有罪だとしても、貴族を騙したという行為そのものが、他の貴族たちの気に食わなかったのでしょうね……


「名ばかりの指名手配だからな、わしもそんなに気にしてはおらん。それより、今度の任務ですが、わしが手を出すことになった以上、君のやることは変わるのです」


「というと?」


「ここは、話をする場所ではない。また後で、わしが宿屋に会いに行こう。君はまだ、色々見て回りたいのじゃろ」

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