第六章:第十八節:やる
カガ領訓練センターの隅にある、小型の訓練スペースに、育人とクレオ、そして四人の侍女たちが集まっていた。当番であるパパピピテルルパパだけはメイド服を着ているが、他の者たちはそれぞれ動きやすい訓練着を身につけている。
(はぁ……エルゼ殿が去ってしまったから、クレオちゃんの訓練は、俺が見るしかないか……。カガ領にも獣人族の戦士はいるが、ハイランクの者はいない。エルゼ殿の話では、クレオの成長は著しく、普通の獣人では、もはや彼女を指導することはできなくなっているらしい)
育人は、パパピピテルルパパ以外の四人が、予備運動に励んでいるのを見ながら、そう思っていた。
マリンの金髪ショートは太陽の光を反射し、まるで金粉を振り撒いているかのように輝き、彼女のまだ幼く未熟な美貌を引き立てている。人間の少女としては中くらいの身長ながら、しなやかで引き締まったスレンダーな体型が、彼女の動きをより機敏に見せていた。
彼女は、黒とネイビーブルーを基調とした、機能性を重視した戦闘服を着ている。上半身には、薄手で体にフィットする三分袖のトップス。丈が短いため、引き締まった臍がちらりと見える。両手にも、指先までを覆うタイプの黒い手袋がはめられていた。
下半身は、太ももの付け根までを大胆に露出したネイビーブルーの短パンと、その下のニーハイソックスが、彼女のスタイルの良さを際立たせている。足元は、ごつごつとした軍用ブーツのようなものを履いており、実戦に耐えうる頑丈さを感じさせた。全体的に、無駄を削ぎ落したシャープなデザインだ。
三人の中で一番小柄なデリーラだが、その背中の翼を完全に広げると、二メートルを超え、逆に最も大きく見える。そのギャップも、彼女の魅力と言えるのだろう。白に近い黄色い翼は、まるで太陽の光をまとっているかのようだ。短く結い上げた浅緑色のハイポニーテールが後頭部で揺れ、彼女の元気さを強調している。
デリーラの戦闘服は、その翼を最大限に活かすためにデザインされていた。空に浮かぶ雲を思わせる純白を基調としており、下から見上げれば一種の保護色になる。肩や袖のないトップスは、背中が大きく露出しており、翼を自由に羽ばたかせることができた。
ボトムスは、同じく白のミニスカートを着用しており、その下には見せパンが見えている。彼女の膝から下は、人間の足ではなく、鳥の鋭い鉤爪を持つ足になっているため、靴下も靴も履いていない。その鳥の足は、力強く飛び立つための力と、大地をしっかりと掴むことができる安定性を感じさせた。
リリィは、肩にかかるほどの金髪のロングヘアを一つにまとめ、活発なポニーテールにしている。クォーターエルフの少女としてはやや高い身長と、均整の取れたスタイルが、彼女の存在感を際立たていた。
リリィの戦闘服は、全身を迷彩柄で統一した、まるで地球の軍人か自衛隊員のような出で立ちだが、そのデザインは少女としての可愛らしさも配慮されている。上半身は、薄手の半袖の下に、黒い長袖のインナーを着込んでおり、首元や腕全体がしっかりと覆われていた。両手には、動きやすさを考慮した黒い手袋をはめている。
下半身は、太ももまである黒いタイツの上に迷彩柄の短パンを履いている。そして足元は、マリンが履いているものよりも、さらにごつごつとした頑丈な紐靴タイプの軍用靴だ。
全体的には凛々しく見えるはずだが、リリィのその気だるげな瞳と合わさって、奇妙な雰囲気を醸し出し、特殊な魅力を放っていた。
(迷彩の概念は、俺がメールスさんに教えたものだが、まさかこんなデザインで作ってくれるとは……。デリーラの翼さえなければ、なんだか地球に戻ってきたような気分になるな……。ああ、そういえば、彼女たちのメイド服も、短めの丈にニーソックスだったか……)
「普段は、こういう服で訓練はしていなかっただろう?」
育人は、尋ねた。
「普段は基礎訓練ですので、必要ありません。本日はご主人様もご参加なさるので、戦場での護衛や、遭遇戦といった、より実戦的な練習になる予定です」
と、マリンが説明した。
「そんな話は聞いていないぞ」
「エルゼ教官が、お発ちになる前に。『ご主人様が訓練にお見えになったら、このコースで練習するように』と」
(エルゼ殿は、そこまで計画していたのか……)
「それで? 具体的には、どんな項目があるんだい?」
「本日はパパピピテルルパパが参加いたしませんので、『大賢者の超遠距離魔法を中心とする、弾着観測と護衛』でございます」
(……超遠距離魔法? そんなもの、俺は使えないぞ……。弾着観測って、俺をスナイパーか砲兵か何かだと思っているのか? いや、この世界だから、投石機とかの扱いなのか……?)
「……いや、そういうのはいいから……」
(俺は、やっと時間を作って、約束通りクレオちゃんのアルビノの能力を何とかしてあげたくて、ここに来たんだ。他の三人は、普段通りの訓練をやっていてくれればいいのに)
「先生の超遠距離魔法! 見てみたい……!」
クレオが、興奮してキラキラした目で育人を見ている。
(いやいや、だから、そんなものは出せないんだが……)
「クレオ様、本日は単なる練習ですので、実魔法射撃は行う予定がございません」
と、マリンがクレオに説明した。
「へ……」
クレオは、明らかに失望した顔で、耳も尻尾も力なく垂れてしまった。
(クレオの服装もマリンと同じだが、手袋の甲の部分にカガ領の紋章が刺繍されている点だけが違っている。ネイビーブルーは、クレオの白い尻尾にも、マリンの金髪にもよく似合っていて、メールスさんはさすが、裁縫ギルドマスターの娘だ。センスがいい)
「クレオちゃん、今日はそういう訓練はしないよ。君のアルビノの力をもっと引き出してみたいんだ。俺は約束を忘れていないんだよ」
育人のその言葉を聞くと、クレオの顔はすぐにぱっと晴れやかになった。
「アルビノの力って、腐食魔法以外にもあるの?」
(あれは腐食魔法ではなく、君自身の力なんだ、とは言えないな……。まあ、ずっと前に絵里からもらったヒントで、色々と試してみたいことがあったんだが、カガ領の政務が忙しすぎて、なかなか時間が取れなかった。今日ようやく政務部が本格的に活動を始めて、俺もユートフィンさんも少しだけ手が回るようになったから、こうして来ることができたんだ)
「アルビノって何?」
そばにいたデリーラが、不思議そうに尋ねた。
「デリーラ、侍女がご主人様のことについて詮索するのは、感心しませんわよ」
と、マリンが指摘した。
(う……詮索は駄目で、ご主人様を風評被害に晒すのは良いのか……?) 育人は、マリンの以前の「短小」発言を思い出した。
「アルビノは、あたしみたいな、全身が白くて、目だけが赤い獣人族のことだよ。先生の腐食魔法が学べるのも、アルビノの力のおかげなんだ」
クレオ自身が、隠すことなく、むしろ少しだけ誇らしげにデリーラへ説明した。
(こんなに自信満々に、アルビノのことを言えるようになるなんて……。どうやら、このカガ領での生活で、クレオは完全に「忌み子」としてのトラウマから抜け出せたようだな。いいことだ。俺が頑張って、こういう環境を作った甲斐があった)
「それはすごいですわね! わたくしの翼も白っぽいですから、目を赤く染めれば、腐食魔法が使えるようになるのかしら? 空からプンプンと下に腐食魔法を撃ち込むなんて、楽しそうですわ……」
(……そんな地獄絵図はやめてくれ。腐食された目標を見たら、楽しいなんて思えなくなるから……。そもそも、目を染めることなんて、できないだろう……)
「ご主人様。本日の訓練を『アルビノ』の練習コースに変更なさるのでしたら、具体的にはどのような内容になるのでしょうか」
マリンが、質問した。
(そうだな……俺とクレオが訓練している間、彼女たちをただ待たせておくわけにもいかない。今更、元の訓練場に戻らせるのも、他の者に迷惑がかかるかもしれない……。しかし、彼女たちはアルビノではないし……)
「そうだな……アルビノの力の訓練については、俺もまだ模索中だから、具体的なメニューはないんだ。俺とクレオちゃんがやっている間、君たちは見学していてもいいし、三人で模擬試合でもしていてくれても構わないよ」
「なるほど。ご主人様は、クレオ様と『やっている』のを、わたくしたちに見学させるのがお趣味なのですね」
マリンは、「やっている」という部分を、妙に強調して言った。
(あれは、わざとだろうな。マリンのことだ、もう慣れた……)
「まあ、模擬試合をするにしても、三人ではペアが組めないな。パパピピテルルパパ、今日は君も参加していいぞ。当番メイドの仕事は、訓練が終わってから続ければいい」
「本当ですか!?」
パパピピテルルパパは、ずっと羨ましそうにクレオたちの準備運動を見ていたので、その言葉を聞くと、嬉しそうに育人に尋ねた。
(パパピピテルルパパは、やはりメイドより戦闘の方が向いているようだ。しかし、前にメイドを辞めて、銀翼隊に入ってはどうかと聞いたら、なぜか彼女を怒らせてしまった。何か事情でもあるのだろう)
「もちろん。さあ、着替えておいで」
と育人が言った途端、彼は自分が大きなミスを犯したことに気づいた。
育人の予想通り、パパピピテルルパパは、その場で、おもむろにメイド服を脱ぎ始めた。
「パパピピテルルパパ! 着替えは、ここではなくて……!」
育人が訂正しようとした、まさにその時、訓練場の扉が開かれた。
「……ロリコン様。全員と『やる』には、どれくらいの時間がかかるのでしょう? わたくしは、それが終わった後にでも、また再訪いたしますので」
服を脱ぎかけているパパピピテルルパパと、それを取り囲む少女たち、そしてその中心にいる育人を見て、ユートフィンはそう言った。