第六章:第17.8節:深淵の拠点
(ここからはシャーロット・カステーラの第一人称)
はぁ、ようやく一通り、落石の片付けが終わったわね。
深淵に入って三年になるけれど、これほど大きな地鳴りに遭ったのは初めてだわ。この拠点も、少なからず被害を受けてしまった。
落石による負傷者も出たけれど、幸い、死人が出なかったのが不幸中の幸いね。
陛下がいらっしゃるという、第十三層はご無事だったのかしら。
「報告! 第二探索隊が、ただ今帰還いたしました!」
伝令が、わらわのテントに入ってきた。
「そんなに早い? 派遣したばかりではありませんこと?」
「はっ。竜人族の少女と、奇妙なウミガメに遭遇したため、先に報告に戻った方が良いと判断した、とのことです」
竜人族? 北西の、遥か遠くに住まうという、深淵の別の封印を管理している一族かしら……。
「よろしい、通しなさい」
「はっ!」
「失礼いたします、カステーラ様」
第二探索隊の隊長であるミーチャイが、伝令の後についてテントに入ってきました。
「ミーチャイ、竜人族の少女と出会ったとは、どういうことですの?」
「はっ。我々はご命令通り、崩落の原因と推測される爆発音の方向へ、第十五番通路を進んでおりましたところ、魔物には遭遇せず、竜人族らしき少女と、奇妙な甲羅を背負ったウミガメに遭遇いたしました」
「らしき?」
「はっ。竜人族の姿をしておりましたが、翼がございませんでした」
「あれは、おそらく地竜か蛇竜種の竜人族でしょう。それで、奇妙な甲羅とはどういうことですの?」
「ええと、その、円柱状のものが突き刺さっておりまして……申し訳ありません、わたくしにはうまく説明ができません」
(まあ……近衛……『レイシヘイラの剣』の者たちは皆、文字の読み書きはできますが、文学的な表現が得意とは限りませんから、仕方ありませんわね……)
「構いませんわ。それで?」
「深淵の魔物とは気配が異なりましたので、交流できないかと思い、話しかけたのですが……」
「襲われたのですか?」
「いえ……言葉が、通じませんでした」
(竜人族は長命で知識欲も旺盛、多くの言語を話せると噂されておりますけれど、やはりただの噂でしたのね……)
「それで?」
「害はなさそうでしたし、基地には竜人語を話せる者もおりますので、何らかの情報が得られるかと、こちらへお連れいたしました」
(今のこの状態で、お客様をお招きするのは難しい……いえ、そもそも深淵にお客様がいらっしゃること自体が想定外ですわ。しかし、何かの情報源になるのは確か……)
「良い判断ですわ。後はわらわが対処いたします。半日ほど休憩を取ったら、また探索をお願いします。十五番通路はしばらく避け、三十七番へ向かいなさい」
「はっ」
「その子から何か情報を得られたら、それは第二探索隊の手柄としますから、安心なさい」
「は、ありがとうございます!」
さてと、その竜人族の少女とやらに、会いに行くとしましょうか。
竜人語を話せるミイーラオを連れて、その少女がいるという予備用のテントへ向かいましたところ、彼女はテントにおらず、外で例の亀と何かを話しておりました。
「ミイーラオ、こっそりと彼女たちの会話を盗み聞きしてきなさい」
会う前に少しでも情報があれば、会談を有利に進められるかもしれませんからね。
しかし、それはわらわの楽観的すぎる打算でしたわ。
「カステーラ様、申し訳ありません。彼女が話している言葉は、竜人語ではありません。わたくしの知る、どの言語でもありませんでした」
戻ってきたミイーラオは、申し訳なさそうな顔でわらわにそう報告しました。
竜人語ではない? それに、言語に博識なミイーラオが聞いたこともない言語ですって……? 困りましたわね……。それでは、盗み聞きどころか、会談すら難しい……。
仕方ありません。深淵に持ち込んだ紙の備蓄は少ないですが、ここで使うしかないようですわね。絵を描いて、筆談で交流すればいいのですから。……幸い、先日冒険者ギルドが外部から持ち込んだ物資の中に、『鉛筆』と『消しゴム』という、何度も書き直せる新型の筆記用具がありました。あれを使えば、何とか紙を節約できそうですわ。隣のリーシアン王国も、なかなか良いものを発明したものですわね。
外の世界といえば、帝国内ではクーデターが発生したらしいですわね。おかげで、この拠点に残っている留守番部隊の士気は、下がる一方です。
近衛騎士団の不在が、見抜かれたのかしら? 金龍騎士団と黒嵐騎士団も、良い度胸ですこと……。まあ……詳しい情報は、今度外部へ派遣した者が帰ってくるまで、待つしかありませんが……。
どちらにせよ、陛下がこの高層階からお戻りになられたら、一度帝国に戻って、後始末をしなければなりませんわ。大粛清などと……人がやることではありません。
今度のS級依頼、大損でしたわね。
紙と『鉛筆』、『消しゴム』を副官に持たせ、わらわはあの少女の元へと向かいました。
近くで見ると、あの亀は確かに奇妙な形をしておりますわね。まるで、小型化した城塞の塔が、そのまま甲羅に生えているかのようです。滑らかな円筒形の鉄の柱が塔から突き出し、塔の周りは金属の板で囲まれている。
ミーチャイの文学的な表現が足りなかったのではなく、この亀が異常すぎただけですわね。
「どうも、はじめまして。わらわは、この基地の責任者、レイシヘイラ帝国近衛騎士団長にして、冒険者チーム『レイシヘイラの剣』副リーダー、シャーロット・カステーラと申します」
言葉が通じないと分かってはおりますが、こうして一通り名乗りを上げるのが、礼儀というものですから