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第五章:第五節:山犀と視察帰り

加賀育人は今、山犀(サイミング)に乗っている。

山犀は、リーシアン王国周辺の地域に特有の生き物だ。外見は地球のサイに似ているが、よりスレンダーで小柄であり、その足の形は山岳地帯を移動することに特化している。負える荷物の量が多く、険しい峠も軽々と越えられ、速度も戦闘力もある程度高いため、リーシアン王国、特に軍隊では騎獣として重宝されている。しかし、野生の山犀は凶暴で飼い慣らすのが難しいため、民間でその姿を見ることはあまりない。

この山犀は、王国からの賜物の一つで、先日の授勲式の後に、王都からの建築隊が連れてきてくれたものだった。クレオは、その山犀に『サイサイ』という、何とも安直な名前をつけて可愛がっている。

サイサイと同時に持ってこられたのは、男爵の証である盾や剣、そして、育人が今着ている男爵用の騎装を含む、様々な服装だった。

育人の前、サイサイの首に近い部分には、クレオがちょこんと座っている。山犀は今のところ一頭しかおらず、他に騎獣もないため、旧村地域と新しくできた男爵邸を行き来する必要がある場合は、こうして二人乗りの形を取っていた。

クレオは、人目がある場所では相変わらずフードを深く被っているが、その下に身につけているのは、アンのお母さんであるメールス・トーマスが作ってくれた、新しい裙装くんそうだった。育人の叙爵が決まってから、わざわざ質の良い布を村で買ってきて、急いで仕立ててくれた、美しさと動きやすさを両立させた良品だ。

今は、旧村地域と新しい男爵邸エリアを結ぶ、舗装道路の建設現場を視察した帰り道である。本来、舗装される予定だったのは男爵邸の前や、新築エリアの広場だけだったのだが、「これから人や物の往来が頻繁になるであろう両地域の間こそが重要だ」という育人の指示によって、今の形になったのだ。

「クレオちゃん、スカートの裾をいじるのはやめなさい。そんなにずっと摩擦をかけていたら、せっかくの服が傷んでしまうよ」

クレオは、育人の言葉に「はーい」と返事をすると、すぐにスカートから手を離した。しかし、今度はブラウスの裾をいじり始めている。

「服も、だよ」

「だって、往復に時間がかかるし、つまらないんだもん。それに、こんなにいい服、生まれてから初めて着たんだもの」

(それもそうか。昨日いただいたばかりの服を、今日早速着てきたくらいだからな)

「以前、この道を通ってトーマスさんの家と往復していた時は、つまらなかったのかい?」

「あの時は歩いていたから、途中で咲いているお花とか、面白い形の石とかで遊べたの」

「石や花が、そんなに楽しかったのかい?」

「いいえ、別に」

「クレオちゃんは、別に俺についてくる必要はないんだよ。モードグさんの工房へ行ったり、マーディナさんの手伝いをしたりしてもいいのに」

「あたしは、先生について行く」

クレオは、きっぱりとそう言った。

「どうして?」

「なんでも、どうしてでもない。先生と、遠くに離れたくないから」

その言葉は、とても素直で、真っ直ぐだった。

「あははは、そうですか」

育人は、右手で手綱を取りながら、空いた左手で、目の前にあるクレオの頭を優しく撫でた。

「えへへへ、そうだよ」

クレオは、心地よさそうに目を細め、嬉しそうに笑った。

こうして言葉を交わしながら、二人はようやく、活気づいてきた新築エリアへと戻ってきたのだった。

「先生、なんだか騒がしいみたい」

クレオが、フードの下で耳をぴくぴくと動かしながら、育人に言った。

(騒ぎ? いったい何だろう?)

「よし、ここに一旦止めて、見に行ってみようか」

二人はサイサイから降りると、育人は手綱を引いて、騒ぎの中心へと向かった。

サイサイのその巨躯を見て、周りの人々は男爵様が帰ってきたと知り、道を開けていく。

『だから、彼女がギルドに登録されている高位の冒険者だと言っているだろう!』

育人が聞いたことのない、少し軽薄な響きの男の声が聞こえる。

『全身青ずくめで、いかにも怪しい気配が漂っているお前の言うことなど、信用できるか!』

今度は、聞き慣れたサーモンド団長の怒鳴り声が響いた。

『信用できないなんて心外だな! 二年前の新年祭では、みんなで一緒に楽しんだ仲じゃないか!』

『二年に一度しか顔を出さないような奴を信用する方がおかしいだろうが!』

『……俺が信用できなくても、彼女からギルドの証明プレートを見せてもらえば、すぐに分かることだろう!』

『だから、今からその彼女を拘束して、プレートを見せてもらうつもりだ!』

育人とクレオが人垣をかき分けて前に出ると、そこではサーモンド団長と、リュートを背負った青い髪の男が言い争っていた。

(何だ、この格好が青くて、微妙としか言えない若い男は……)

「……はぁ、君たち、死ぬぞ。彼女の近接戦闘能力はAマイナスだぞ……。魔化獺鰐(ヌマウソワニ)を一人で倒した功績を持つ、『銀猟装の魔剣士』なんだからな」

(高位冒険者……。ここに来てから一度も会ったことがないが、どれくらい強いのだろう。やはり、人並み外れているのだろうな)

「サーモンド隊長、一体どうしたのですか?」

育人は、そう声をかけた。

「おお、大賢……イクト様! お帰りなさいましたか」サーモンドは、育人の姿を認めると、慌てて敬礼した。「先程、不審な女が学校を覗き見しているのを、我々が発見いたしました。尋問しようとしたところ、女は塀を越えて学校に侵入。今は突入するところだったのですが、こいつが我々を阻止したのです。おそらく、侵入者の仲間だと考えております」

「だから、違うって……。イクト様? ああ、この方が男爵様なのでしたか。これは誠に失礼いたしました」 青い髪の男――レインは、慌てて自分の口調を改め、深々と頭を下げた。

「構わない。それより、アンは無事なのか?」

(今一番重要なのは、アンと他の生徒たちの安否確認だ。それから、あの不審者を何とかしないと……。それにしても、不審者が学校を狙うことに、何のメリットがあるんだ? 確かにこのカガ領にはいくつかの新しい技術があるが、それほど重要なものでもないし、そもそも世間に広まっていない……。技術狙いではないはずだ……。人攫い? こんな雑な人攫いがいるのか? しかも白昼堂々と……?)

「不審者が侵入してから、それほど時間は経っておりません。中にいるアン殿からの報告も、戦闘や悲鳴の声も聞こえませんので、まだ大丈夫だとは思いますが……」

「ならばいい。まだ間に合うだろう。山犀に乗れる者を一人、このサイサイに乗って、旧村地域へ向かってくれ。まずはイギリー・トーマスに事情を伝え、それから村にある魔道具でギルドに連絡し、彼女の正体を確認するんだ。……それに、そこの青いの」

育人は、レインに向き直った。

「その『銀猟装の魔剣士』とやらは、近接戦闘能力がAマイナスだと言ったな。一般人なら、どれくらいの人数がいれば、彼女を制圧できる?」

「レイン・ブルークと申します、男爵様。あの領域に達した相手となりますと、もはや人数でどうこうできるものではありませんな……。まさに、♫ 銀の狩猟装、月光を宿し ♫ 腰には魔剣、星の輝き宿す……」

「……歌うな。リュートも弾くな」

育人は、歌い始めようとしたレインを、ぴしゃりと遮った。


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