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第五章:第四節:先生は教える

(ここからはアン・トーマスの一人称)

「……これで、三桁、つまり百から千までの足し算と引き算のやり方はおしまいです。そこまで難しくはないでしょう? 要するに、今まで慣れ親しんだやり方を一度忘れて、このインド・アラビア数字で計算することに慣れるのが一番の近道です。練習が大事ですから、わたくしがこの大きな石板に書いた問題を、順番に解いてみてください」

はぁ……。生徒たちが練習問題に取り掛かっている間に、わたくしも少しだけ一休みできますわね。早速、今朝お母様が水筒に入れてくれた、お砂糖たっぷりの甘いミチリジュースをいただきましょう。

昨日も今日も、こうしてインド・アラビア数字の授業を行って、これからの三日間も続く予定です。育人先生は、これを『インド・アラビア数字を普及させるための学習イベント』などとおっしゃっていましたけれど。

育人先生は今、毎日お忙しくしていらっしゃいますし、クレオ姉様は常に先生のおそばについていらっしゃいますから、このお仕事は、わたくしがやらなければならないのです。あのバカ兄貴に任せたりしたら、それこそ先生のお顔に泥を塗るようなものですからね。

それにしても、今日の生徒さんたちはまだマシな方です。昨日は、この教室に生徒として座っていた方々の中に、お父様はもちろん、元々村の学び舎で教えていらしたエドモンド先生、旧村地域の村長であるカフカ様、それに加えて、ベールノ領の男爵夫人、マダム・ティアランドまでいらっしゃったのですから……。はぁ、あれは本当に、とてつもないプレッシャーでしたわ。十歳の子供に、これは少し厳しすぎやしませんこと?

美味しい……。あの酸っぱいミチリの実も、お砂糖をたくさん入れると、こんなに美味しくなるのですね。お砂糖は、まさに万能薬ですわ。

育人先生は、『本格的な学校教育を行うには、生徒の数も先生の数も、まだ極端に不足しているので、当面の間、この建物はテーマ別の教育イベントに使うつもりだ』とおっしゃっていましたけれど、その本当の意味は、わたくしにはまだ半分くらいしか分かっていません。

しばらく休憩した後、わたくしは生徒さんたちの答えを見て回ることにしました。

……なんなのですか、この答案は……。「111 + 231 = 9」ですって……? きっと、それぞれの位を無視して、数字を全部足してしまったのでしょう。こいつ...先程の授業、本当に聞いていらっしゃったのかしら……。まあ、少なくとも、数字の形そのものは覚えてくださっているようですけれど。

この答案を書いたのは、ペーター……。昔、村の学び舎で、わたくしのことを散々馬鹿にしてきた子です。今朝この教室に入ってくるなり、教師は私だと分かると「勉強なんて嫌だ」と騒ぎ出して、商売人である彼のお父様に思いきり殴られていましたわね……。 いっそこの際、厳しく当たってやりましょうか? ……いえいえ、わたくしは分別のある大人です。彼のような子供と同じレベルになるべきではありませんわ。客観的に、間違いを指摘するだけに留めておきましょう……。 しかし、彼の答えはほとんど全滅ではありませんか。先が思いやられますわね……。

実際に誰かを教えてみて、育人先生の大変さが、ほんの少しだけ分かるようになった気がします。ただ知識を伝えるだけでなく、それぞれの生徒さんの状況に応じて、彼らが抱える問題を解決してあげなければならないのですから。

ペーターの場合、これはもう単純に「昔、自分が馬鹿にした農家の村娘が先生になったから、授業を受けるのが嫌だ」という、子供じみた反抗なのでしょうね……。これは、どう解決すればいいのかしら。

わたくしがそう考えている間に、学校の外から何やら騒がしい音が聞こえてきました。すると、突然、一人の人が塀の上から、バランスを崩して学校の敷地内に落ちてきたのです。

『学校に入ったぞ!』『……の安全を確保しろ!』

サーモンドおじさんと、他の守備隊員の方々の声が聞こえます。

わたくしは、念のため教室の扉を閉め、警戒しながら、窓越しにその侵入者を観察しました。

あれは……凛々しくて、とても美しい、銀色の髪の人でした。

「ええと、ここの責任者はどなたですか? 外の連中に、わたくしは不審者ではないと説明していただけませんか……。わたくしはただ、授業を盗み聞きしていただけなのです」

なるほど、不審者ですわね。こんなに綺麗で、声も美しい方が不審者だなんて……。いわゆる、残念美人というものでしょうか。

「ここの責任者は、イクト・カガ男爵ですが、今はご不在です」

わたくしは、窓越しに、できるだけ大きな声でそう答えました。

今日の生徒さんの中には、わたくしより年上の方もいらっしゃいますが、それでもこの場ではわたくしが先生。きちんと対応しなければ……。

すると、侵入者の後ろから、小さな白い犬がひらりと高い塀を飛び越えて、彼女のそばに着地しました。

あんなに小さい犬が、あの高い塀をひとっ飛びで? 無害そうに見えますが、普通の犬ではなさそうですわね。

「わたくしに悪意はありません。ここに通りかかったところ、あなた方の授業が聞こえてきて、つい興味を惹かれて盗み聞きしてしまっただけなのです。大賢者イクトがご不在なら、あなたが説明してくださらないかしら……。もし、戦うことになれば、あの方々は一瞬で全滅しますよ……わたくしは、強いですから」

はい、確定ですわ。自信過剰の、残念美人な不審者ですね……。


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