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第五章:第二節:魔剣士は駆ける

(ここからはエイルゼリア・クォノッソフィ・イーラノルド・レイシヘイラの一人称)

三眼馬(メツァーメル)のメーヒスに跨り、帝国とリーシアン王国間の官道を疾走する。向かい風が心地よく吹き抜ける。レディーナも楽しげに後ろを追走していた。

身分が露呈するのを避けるため、魔道具でメーヒスを普通の駿馬に見せかけ、レディーナも通常よりはるかに小柄に見えるようにしていた。この魔道具はあくまで見た目を変えるだけで、実際に体型を変化させることはできない。そのため、もし誰かがレディーナに近づけば、その真の体格に気づかれるだろう。それは、この道具が私の胸部を小さくすることもできないことを意味する。ただ私の顔立ちをより硬質に見せ、髪の色を銀に変えることしかできなかった。

今のわたくしは帝国の第三皇孫女エイルゼリア・クォノッソフィ・イーラノルド・レイシヘイラではなく、有名魔剣士――冒険者のエルゼ・レイラです。おっと、「わたくし」ではなく「俺」、「です」ではなく「だ」だったな。

大賢者イクトと約束して古代精霊語の文献を送ることになったが、副本とはいえ貴重な資料だ。他人を任せるより、俺自らが届けてやるのが一番安全だろう。決して、ユートフィンから逃げるためじゃない。断じて!

やはり、猟装の方が着心地が良い。胸元は少しきついが、こればかりは仕方ない。

そろそろエームの森に近づいてきたところか。少しスピードを落とそう。この近くは、たまに商隊や旅人が通ると聞く。俺自身はこの辺りに来たことはないが、事前に集めた情報にはそう書いてあった。

お、あそこに野営している一群がいるな……商隊か。護衛は……ああ、『エナガの羽』だ。総合評価はBマイナスランクのチームだが、責任感が強く、人当たりも良いため、ギルドからの信頼度と協調性の評価はAマイナスとかなり高いらしい。リーダーは確か……ああ、思い出した。バードだ。実に、『エナガの羽』に相応しい名前だな。

「おっ、奇遇だな、『銀猟装の魔剣士』じゃないか。三年ぶりか? 相変わらず美しいな」 野営地からちょうど出てきたバードが、俺に気づいて声をかけてきた。

「その言葉がリーファさんに聞こえたら、振られちまうぞ、バード」

俺は、馬の上から軽口で返す。

「振られることはねえさ、もうとっくに結婚したからな。それに、俺はバードルだ、バードじゃねえ。三年前も散々、君に間違えられたがな」

あれ? バードじゃなかったっけ。バードじゃないなら、『エナガの羽』なんて紛らわしいパーティー名をつけるんじゃないよ、全く。

「そういえば、エルゼはどんなクエストでこっちに来たんだい? あんたは高難易度のクエストしか受けないから、あんたのクエストに巻き込まれたくないんだけど……。やはり、例の深淵の件に関係しているのか……? 秘匿契約があるなら、言わなくてもいいけど」

そばから出てきたリーファが、少し探るように口を挟んできた。

「確かに秘匿の必要はあるが、今回は危険なクエストじゃないし、深淵にも関わっていない。今回は、皇室からの指名依頼だ」

私、エイルゼリアが、俺、エルゼに依頼する。嘘ではないな。

「皇室からの指名依頼! やはり、ソロでAマイナスに達する凄腕冒険者は違うわね」

「俺は近接戦闘力だけがAマイナスなだけだぞ。総合評価はB。君たちと大した差はない」

「あれは、エルゼがクエストを受けないだけじゃない? 低難易度のクエストでも、多種多様な依頼や、新人の指導、訓練クエストなんかを受けないと、総合評価を上げるのは難しいのよ」

リーファが、的確に指摘してくれた。

しかし、私は受けないのではなく、受ける時間がないのだ。皇孫女としての社交活動、名ばかりとはいえ宗教省大臣として出席しなければならない会議、そして、軍務も外交も……実に、忙しい。

「そういえば、なぜ君たちがここで野営しているんだ? 地図で見る限り、もうすぐエーム村のはずだが」

「エルゼは、さっきのレインと同じことを聞くなあ。この辺りの地図はもう意味がないんだよ。景色が、すぐに変わっちまうからな」

「レイン?」

俺が知っているレインという名の人間は四人もいる。聞かなければ分からない。

「『青藍のリュートリスト』のことだよ」

ああ……アイツか。確かに、俺の『銀猟装の魔剣士』という二つ名をつけたのも、アイツだったな。まあ、嫌いじゃないが、どうせならもっと幻想的な名前が良かった。『猟装の銀髪姫』とか……。まあ、本物の姫ではあるんだが。

バードルとリーファに別れを告げ、俺はさらに先へと進んだ。

すると、景色は一変した。そこは、明らかに建築中の地域だった。あちこちで建てかけの建物が並び、多くの作業員たちが忙しそうに働いている。中には、荷物を運ぶためのゴーレムの姿も何体か見える。こんな規模の話は聞いていないぞ……。俺の情報によれば、大賢者イクトは名高いとはいえ、まだこの地に現れて日が浅く、資金も人脈も乏しいはずだ。これだけの規模の建築隊と、それを支援するサポーター、料理班、輸送隊……これは、新米男爵が独力で動かせる規模ではない。

……リーシアン国王、バルムードル二世か。若く、有能な国王だと聞いてはいたが、さすがに決断が早いな。

深く考えれば、彼の打算が見えてくる。これは、大賢者イクトへの籠絡だけが目的ではない。この機に乗じて、長年、我々帝国との間で主権が未確定だったこのエームの森を、一気に開発するつもりだ。 確かに、エームの森自体には鉱山もなく、物資もさほど豊かではない。しかし、あのシルバー高原に近い。今回は大事に至らなかったが、この地はこれから、対「深淵」の最前線になる可能性がある。何しろ、今回の事件、公にはされていないが、あの封印は自然に衰退したのではなく、何者かによって人為的に破壊されたのだからな。

リーシアンの、ただ田を耕し税を徴収することしか知らない旧貴族どもに、軍の拡張を支持させるのは不可能だろう。故に、国王はこの機を逃さず、密かに「大賢者」という大義名分を掲げて、彼を強力に支援しているのだ。深淵の脅威を見通せる大賢者が、この領地を軍事拠点として発展させることを、彼は願っているに違いない。

あそこの木陰では、休憩中の作業員たちが集まって、何やらリュートの音色に耳を傾けている。きっと、あの青藍の野郎が演奏しているのだろう。

知り合いではあるが、あんな全身青ずくめで、センスの欠片もない、チャラチャラした歌を歌う男は苦手だ。関わらないように、別の方向へ進むとしよう。

ここから先は、人がどんどん増えていく。建築中の場所だけでなく、既に完成したらしい質素な建物もいくつか見受けられる。建物と建物の間には、かなり広い空間が取られており、明らかに将来の大きな道路のために確保された土地だ。これほど遠見のある都市計画……。大賢者イクトの仕業か、それともリーシアン国王バルムードル二世か……。

左手にある、ひときわ大きな建物から、子供たちの声が聞こえてくる。壁を回り込み、窓から中を覗き込むと、そこは学び舎のような場所だった。驚いたことに、10歳くらいの女の子が一人、二、三十人もの大人や子供たちの前に立ち、大きな石板の上に何か見慣れない符号を描いて、彼らに教えているようだ。

あれは何の符号だ? 大賢者イクトが開発した、新しい魔法文字か何かか? そして、なぜこんな子供が先生になっている? 実に、不可解だ。


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